同人誌 より一部掲載

好き、はじめての気持ち <試し読み2>

 そんなことで、敦貴は同窓会に行くことになってしまった。
 潤一には、何度も女性と仲良くなってこいと言われていたが、どうも面倒でそんな気が起きない。女性が苦手なわけではなかった。彼女が欲しくないわけでもない。
 ただ、告白されて付き合ってみると、何か違うと感じて、すぐに飽きてしまうのだ。相手に対して好きな気持ちが、多少なりともあるはずなのに盛り上がらない。自分の心は、欠陥品じゃないかと考えることもあった。
「あっくん、元気だった?」
「んー、げんきー」
 会場に着くと、敦貴の姿を見つけるなり、男女関係なく、みんな声をかけてくれた。
「おまえ、相変わらずでかいな。まだ背伸びてんのか?」
「測ってないからわかんなーい」
 会場には、たくさんの懐かしい顔が集まっている。あまり乗り気ではなかった同窓会。それが、昔の友人たちといろいろな話をするうちに楽しくなってくる。久しぶりに思い出話しをするのも悪くないと感じた。
しかも、料理はホテルのビュッフェだったのだが、この料理が思っていた以上に美味しく、友人たちの話に耳を傾けつつ、夢中になって食べていたのだ。
気分良くしていれば、ある人物にそれを邪魔される。
「よお、ノギじゃねーか。来てたんだ?」
 その男は、敦貴の肩を叩いてきた。そして、楽しみに取っておいたステーキの皿をひょいっと取り、目の前で口に入れたのだ。
「あっ!」
「これ、すげーウマい」
 敦貴は物事をあまり深く考えないタイプだ。そのせいか、人のことを嫌うこともほとんどない。だが、同じクラスのこの柿田かきただけは違った。性格が合わないのだろうか。とにかく一緒にいるだけで苛々してしまう。
 柿田は、ソファに座っていた女性たちの間に割り込むように座り、ジョッキに入ったビールをごくごくと飲んで、豪快に笑う。
 それを見ているだけで、一気に不快な気持ちになった。
 やはり来なければ良かったと、さっきまで美味しかった料理のことなど、すっかり頭から消えてなくなっていたのだ。
 この男に関わりたくない。席を離れようとしたら、柿田の口から懐かしい名前が挙がった。
「この間、仲谷なかたにに会ったんだよ」
「え、コウちゃん? 日本に戻ってるの?」
 いつの間にか身を乗り出して、敦貴は柿田の前にいた。こんな奴とは話したくないのに、身体が勝手に動いていたのだ。
「あれ? おまえ、アイツと仲良かったんじゃねーの」
 意地悪そうに笑う柿田に腹が立ったが、何も言い返せなくて唇を噛んだ。
 仲谷皇祐なかたにこうすけは高校時代の親友、だと敦貴は思っている。
 どこに行くのも、何をするのも、彼と一緒で、離れている時間の方が短かったかもしれない。
 適当でおおらかな性格の敦貴に対して、皇祐は責任感が強く、真面目すぎるほどまっすぐな性格。正反対の二人だったが、意外と気が合い、高校の三年間を共に過ごした。
 高校卒業後は、それぞれ別々の大学に行くことになった。それだけでも心細いのに、皇祐は日本ではなく、海外の大学に留学だ。高校の頃のように、頻繁に会うことができなくなると知った敦貴は、しばらく落ち込んでいた。
 皇祐が留学してからは、追い打ちをかけるように、彼と連絡が取れなくなってしまう。理由はわからなかったが、皇祐の携帯電話にかけても繋がらなくなったのだ。突然のことだったから、ショックで放心状態の日々を過ごした。
 連絡先は携帯番号しか教えてもらっていない。他に皇祐と連絡を取る方法はわからなかった。もしかしたら、他に方法がいくらでもあったのかもしれない。だけど、あの頃の敦貴には、何も思いつかなかったのだ。
 それからもずっと、彼からの連絡を待っていた。何度も着信を確認する日が続いた。だけど結局連絡は来なくて、それっきりになった。
その皇祐が日本に戻っているとなれば、会える可能性はゼロではない。心の奥では、この同窓会に皇祐がいるんじゃないかと、微かな期待を抱いていたのだから。
「今日も来いって誘ったんだけどな。そりゃ、来れるわけないか。アイツの家、すっげー金持ちだったじゃん。だけど、親の会社倒産してひどいことになってたって、知ってた?」
 柿田から皇祐の情報を聞くのは、堪えられなかった。しかも、皇祐にとっては、人には知られたくない内容のはずだ。笑いながら話す柿田に嫌悪感を抱いた。
「仲谷の奴、今、何やってると思う?」
 調子に乗る柿田は、面白がって話を続けた。
「え、弁護士とか? 検事?」
「仲谷くん、そんな感じするよね」
 周りにいた女性たちも、困った顔をしながら柿田に話を合わせている。
「学生の頃なら、そんなイメージだよな。これが、全然違うんだって」
 何が可笑しいのか、一人で声を上げて笑っている。不愉快で、敦貴は眉をひそめた。
「イメージと違うの?」
「じゃあ、何の仕事かな?」
 気を持たせるような話し方をするせいで、女性たちも気になっているようだ。自分に注目を集めるためには、人の秘密も平気で言う男。今回もそうだった。
「実は、アイツ、ホストやってんの、ほ、す、と。あの仲谷が、客相手に酒作ったり、カラオケしたりすんだぜ、笑っちゃうだろ」
「いい加減にしろよ、柿田!」
 気づいたら、敦貴は柿田の胸倉を掴んでいた。悲鳴と共に女性たちが辺りに散らばる。
「何だよ、別に嘘じゃねーんだから、いいだろ」
「性格の悪いおまえは、昔から腹が立つんだよ!」
「あっそ。じゃあ、仲谷に電話して、ホストやってるかどうか直接確認してみたら?」
「あ?」
「おまえ、番号知らないんだろ。オレ、聞いたからさ」
敦貴の腕を振り解いた柿田は、テーブルの上にあったコースターに番号を殴り書きする。
「ほら、かけてみろよ」
 柿田からコースターを受け取った敦貴の手は、少し震えていた。親友だった皇祐の電話番号。嬉しいはずなのに、事実を知るのが怖かった。だからといって、ここで電話をしなければ、また柿田に何を言われるかわかったものじゃない。引っ込みがつかなくなっていた。
 一気に場の雰囲気が悪くなったせいで、女性たちも不安そうな顔をしながら「もう、やめなよ」と止めに入る始末だ。
 敦貴は、尻のポケットから携帯電話を取り出した。かけるのを躊躇していれば、柿田に電話を奪われる。
「さっさとしろ」
「おまえ、勝手に!」
 柿田は、敦貴の電話に番号を打ち込んで、すぐに突っ返してくる。
「良かったな、愛しのコウちゃんだよ」
 バカにしたように鼻で笑い、再び、ソファにどっかりと座った。
 かけてしまった以上、切ることもできず、おそるおそる電話を耳にあてた。呼び出し音が鳴っている。
 皇祐の声が聞けるのは、何年ぶりだろうか。最初に何を話そう。仕事のことはどうでも良かった。彼が元気でいてくれたら、それだけで満足できる。
 しばらく呼び出し音が続いた。期待と不安でいっぱいになる。心を落ち着かせるために、何度か静かに深呼吸した。
 だいぶ待った気がしたが、結果、留守電に切り替わってしまい、皇祐が電話に出ることはなかった。
 もやもやと疑惑が浮かぶ。
「……これ、本当にコウちゃんの番号?」
 柿田なら、敦貴に意地悪するために、適当な番号を教える可能性は十分にあった。
「留守電? じゃあ、仕事中なんじゃねーの」
 既に興味を失っていたのか、柿田は女性たちの肩を組み、違う話題で盛り上がっている。
 皇祐と話せると思って、一人胸を躍らせていた自分が馬鹿らしく思えた。柿田のことを信用するなんて、どうかしていたのだ。
「オレ、帰るわ」
 すっかり面白くなくなった敦貴は、上着を肩にかけ、ホテルから出るのだった。



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