同人誌 より一部掲載

好き、はじめての気持ち <試し読み1>

「ありがとうございました」
 お辞儀をして、店から出ていくお客を見送る。その日、最後のお客だったから、ふっと肩の力が抜けた。
「お疲れ、今日はもう上がっていいよ」
「はーい」
 両腕を上げて伸びをした後、腰からエプロンを外し、頭に巻いてあったバンダナを取った。
 小此木敦貴おこのぎあつきは、ここ『らーめん屋じゅんじゅん』で働いている。大学時代からずっとバイトを続けていて、卒業してからは、店主の葉室潤一はむろじゅんいちに弟子入りしていた。将来、自分のラーメン店を持つことが夢なのだ。
「アツキ、明日の朝は寝坊しないようにね」
「ん、起きられるように頑張る」
 携帯電話の画面を見ながら答える敦貴に、店主の潤一は、やれやれというように少し肩をすくめた。
「そういえば、最近あの子、店に来ないね」
「あの子?」
「彼女だよ」
「んー、別れたよー」
 何事もないようにあっさり答えれば、潤一は、店の片づけをしながら調子の外れた声を出す。
「はぁ?」
「潤ちゃん、どーしたの?」
 その声に敦貴の方が驚き、潤一の顔をまじまじと見てしまった。
「別れたって、まだ付き合って三ヶ月経ってないよね?」
 興奮したように身を乗り出してきたので、一歩引いて様子を窺う。
「うーん、一ヶ月かな?」
「前の子も二ヶ月だったし、どうしてそうなるんだ? アツキは悪い子じゃないのに」
 まるで自分のことのように、潤一が心配してくれる。有難いことだ。
「だって、めんどーなんだもん。貴重な休みにどっか行こうって言ってさー」
 しかし敦貴にとっては、さほど重要なことではないようだった。
「休日にデートって、それ、あたりまえだから!」
 ピシッと人差し指を立てて指摘された。
「潤ちゃんは、マメだからできるんだよ。オレ、休みの日は寝てたいし」
 不貞腐れたように唇を尖らせる敦貴を、なだめるように優しく言った。
「彼女のこと、好きだったんだろ?」
 首を傾げながら、悩ましげな表情を浮かべる。
「んー、どうだろう。いい子だなとは思ったけど」
「ああ、ダメだ! 前の子も、あの子も、敦貴が居る限り、この店には二度と来ないだろう。常連客だったのに客が減ったよ」
 信じられないというように頭を押さえながら、潤一はうなだれた。
「えー、そっちの心配?」
 てっきり敦貴のことを考えてくれていると思ったら、自分の店の心配だったようだ。
 潤一は、らーめん屋じゅんじゅんの為なら、なんだってする。大事な自分の店なのだからあたりまえのことだが、最近では、敦貴にまでその被害が及んでいる。
「アツキはモテるんだから、もっと女性にアピールして、どんどん客を呼んでくれないと」
「オレ雇ってんの、そんな理由? マジ凹む……」
「まあ、それだけじゃないけどね」
 口元に意味深な笑みを浮かべる潤一。弟子入り先を間違えたかもしれないと、一瞬不安になった。
「でもさ、潤ちゃんの方がモテるんだから、オレをあてにしなくてもいいんじゃない?」
「オレとアツキは、タイプが違うから客層も違うんだよ」
「そんなもん?」
 潤一は、切れ長の目と端正な顔立ちで、男の敦貴から見てもかっこいいのはわかっていた。身長は敦貴より少し低く、線が細いけど、力はあるから男らしい。愛想も良くて話も上手だ。良いところばかりで、女性客はすぐに夢中になってしまうのだ。
だが、付き合っている彼女が一人じゃないのがダメなところだ。二股、三股はあたりまえ。彼女たちもそれを許しているところがまたすごい。そこまでして、潤一と一緒にいたいのだろうか。
 しかも、その噂はあちこちに広まり、イケメンラーメン店とネタにされるくらいだ。反対に売り上げが落ちそうなものだが、味が美味いから女性だけじゃなく、男性にも好まれ、客は離れていかずに済んでいる。
「そうだ、アツキ! 今度、高校の同窓会があるんだろ?  そこでたくさんの女性たちを店に誘うんだ。そして口コミで広めてもらおう。その女性たちの友達、そのまた友達と広めていけば、うちの店には女性のお客様がわんさか来るようになる。アツキもその中から彼女を作ればいい。どうだ? 最高のシナリオじゃないか」
 潤一は、自分の考えに感動して打ち震えていた。
「彼女作らないとダメなの? 当分いらないんだけど。それに、女の子たち誘うのも面倒。男友達なら喋ることもあるだろうけど」
「男の客より女性の客が増える方が嬉しい」
 真顔で言われて、少し怖いと思った。本当に女好きなんだと心の中でこっそり呟いた。
「アツキの高校の頃の男友達は、うちの店に来たことある?」
「ないかな? ここで働いてるって言ってないし。だけど、来て欲しい人はいる」
「男友達で? オレはやっぱり女性がいいな」
「潤ちゃん、たくさん女性の知り合いいるじゃん」
「アツキの同級生なら若いだろ。これからは若い子にも、この店の良さをわかってもらわないとね」
 店の良さというよりも、潤一の良さをわからせたいと言っているように聞こえた。
「オレ、同窓会に行くかどうか、まだ決めてないし。それに土曜の夜だから店混むんじゃない? 休めないじゃん」
「店は、誰かに手伝ってもらうから大丈夫だよ。心配するな。それよりも、らーめん屋じゅんじゅんのために行きなさい。店主命令です」
「えー」
 こんな軽い感じの潤一だが、ラーメン作りに関しては、一変して鬼のように厳しくなる。敦貴は、何度も泣きそうになり、辞めたくなった。
 だけど、それ以外は、フレンドリーな気のいい兄ちゃんなのだ。






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