同人誌 より一部掲載
好き、はじめての気持ち <試し読み3>
このまま真っ直ぐ帰るのは、何だか寂しい気がした。敦貴は、街の中をブラブラ歩いていた。
もしかしたら特別なことが起こるんじゃないかと、同窓会に期待していたのかもしれない。現実はこんなものだ。普段の日常と変わらない。
「あ、そういえば、店の宣伝してくるの忘れたー」
がっかりする店主の潤一の顔が浮かんだ。だが、それよりも頭の中を占めていたのは、皇祐のことだ。
今までも忘れたことはなかったが、こんなにも彼のことでいっぱいになるのは、久しぶりだった。
それは、皇祐が日本にいると聞いたことが大きいだろう。柿田の話がどこまで本当かはわからないが、皇祐に会ったということは嘘ではないはずだ。
だから敦貴は、先ほどから何度も、柿田から教えてもらった番号に電話をかけていた。皇祐が電話に出る気がして。しかし、呼び出し音が鳴っても、しばらくすると留守電に繋り、同じことの繰り返しだった。
「やっぱり、コウちゃんの番号じゃないのかも」
電話の主が出てくれたら、その答えはわかる。期待半分、諦め半分だった。
さっきまでの緊張はどこにいったのか。相手が電話に出ないせいか、平然としてこの番号に電話することができていた。
歩きながらリダイヤルしているから、向かいから歩いてくる通行人と度々ぶつかりそうになる。土曜の夜だから、人が多いのだ。なるべく人混みを避けながら、どこかの店に入ろうかとぼんやり考えていたら、何十回目のリダイヤルだろうか、受話器の向こうから、留守電の機械音声ではなく、持ち主らしき生身の声が聞こえてきた。
『はい』
穏やかで落ち着いた声。最後に皇祐の声を聞いたのは、何年も前のことだが、それは彼の声だと敦貴は確信した。あまりにも嬉しくて気持ちが昂る。
「コウちゃん!? 久しぶり! もう二度と話せないかと思った。元気だった? ねえ、いつ日本に戻ってきたの? コウちゃんからの連絡、ずっと待ってたんだよ」
興奮しすぎて、息があがっていた。一方的に思いの丈をぶつけていたせいなのか、相手は無言で何も返事が返ってこない。どうしたのだろう。電話は切れていないようだが、一つの不安が頭を過ぎった。
「あれー、もしかしてコウちゃんじゃないの?」
皇祐の声を間違えるはずがないと自負していたが、相手は見知らぬ人のようだ。そして、柿田のいたずらだったということが証明された。一発殴ってやれば良かったとひどく後悔した。
受話器の向こうでも、テンションの高い、かなり怪しい人物から電話がかかってきて、不気味に感じている違いない。経緯を説明しようと思ったが、今更説明するのも面倒で、自分の知らない人に何を思われようとも構わなかった。
敦貴は、このまま電話を切ってしまうことにした。
その時、急に相手が喋り出したのだ。
『もしかして……』
「なに?」
思わず言葉を返していて、失敗したと思った。仕方がないので、間違い電話だと伝えようとした。
「ごめんなさい、これは」
『敦貴、か?』
名前を呼ばれ、相手が皇祐だということを再認識する。
「うん! 敦貴だよ」
自分の名前を名乗っていなかったことに、敦貴は気づいていなかった。
『びっくりした』
「電話番号、柿田から聞いてー」
『ああ、そうか……』
一瞬、沈黙が流れた。柿田に聞いたということは、彼がホストをしていることも知っていると言っているようなものだ。皇祐がホストをしていようとも、敦貴は気にしないのだが、本人がどう思うかはまた別の話だ。とはいっても、このチャンスを逃すことはしたくない。
「ねえ、コウちゃん、これから会えない? オレ、まだ家に帰りたくない気分なんだー」
敦貴の誘いに少し間があったが、『いいよ』という承諾の返事が返ってきて、ほっとする。
「じゃあ、どうしよう」
『待ち合わせしよう。敦貴は、どこにいるんだ?』
今居るところを皇祐に伝えれば、待ち合わせ場所を指定してきた。そこは、学校帰りによく二人で寄り道していた、しゃぼん玉というファミリーレストランだった。
高校卒業してからは行ったことはなかったから、まだあることに少し嬉しくなる。しかも、そのことを皇祐が知っていたことで更に喜びが倍増した。
彼と連絡が取れなくなった原因は、自分にあるのではないかとずっと不安だった。敦貴の中では何もしていないつもりでも、知らないうちに皇祐を傷つけ、嫌われたのかもしれない、と。
だけど、今日会ってくれるということは、敦貴の思い過ごしだったのだろう。
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