触れてしまえば、もう二度と

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 矢神は、しばらくの間、担任になるかどうかを悩んでいた。

 夜もあまり眠れず、真夜中に何度も起きては、そのことについて考える。

 一歩を踏み出せないだけ。ただそれだけなのだが、一向に自分の中で答えが出ないまま時が過ぎていった。











「だから、なんで遠野先生はオレの席に来て弁当を食べるんだよ!」

「言ったじゃないですか。オレの机、書類で山になってるんです」

「……片付けろって」



 あれから遠野は、毎日お昼のお弁当を矢神に作ってくれた。

 そしてお昼になれば、こうやって矢神の席に来て一緒にお弁当を食べる。

 矢神が自分の席に戻れと言っても、全く聞く耳を持たないのだ。

 

「矢神先生は、カレイの煮つけ好きですか?」

「おまえ、人の話聞いてんのか……」



 話を逸らされたので、矢神も質問には答えずに、弁当の中の卵焼きを一口食べる。好みの味が口の中に広がった。

 悔しいけど、遠野の料理は美味い。

 そのことは口には出さないが、遠野の料理は矢神の好みにかなり合っていた。

 

「矢神先生、好きですか?」



 再び、遠野が詰め寄ってくる。

 

「もう、何だよ、カレイの煮つけ? まぁ、好きだけど」

「良かった。じゃあ、今夜はカレイの煮つけにしますね」

「昼食いながら、夕食の話かよ」

「朝テレビで見てから食べたくなっちゃって」



 えへへと無邪気に笑う遠野に、矢神は呆れるしかなかった。

 

「どんだけ食いしん坊なんだよ。っていうか、そんなのも作れるのか?」



 料理をしない矢神にとって、カレーライスを作るのも危ういというのに、和食まで作れる遠野に驚いただけじゃなく、尊敬の眼差しを向ける。

 だが、遠野はきっぱり答えた。

 

「いえ、初めてです」

「初めてなのに作るのか。もっと簡単なものでいいよ」



 和食は魅力的ではあるが、作ってもらっている以上、無理してもらいたくない。

 今までだって、出来合いのものばかり食べてきたのだ。食べられるものである限り、何が出てきてもたいして気にはしない。

 

「オレが食べたいのでチャレンジしてみます。頑張りますよ!」



 そんなことに力を入れる前に、机の上を片付けて仕事に励んで欲しい。

 矢神はそう思ったが、得意なものを伸ばしていくのはいいことだ。

 さっそくパソコンで、作り方を検索している遠野が微笑ましかった。

 しかも、自分のパソコンではなく、矢神のパソコンを使うところが遠野らしい。

 

「何か矢神先生のパソコン重たくないですか?」

「文句言うなら使うな!」



 不思議だった。遠野と話していると、自分の悩んでいることがちっぽけなものに思えてくる。

 前向きな遠野の性格のせいだろうか。

 遠野と一緒にいれば、影響を受けて少しはポジティブに考えられるようになれるといいのだが。

















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