触れてしまえば、もう二度と
3
2ページ/2ページ
そして、約束をしていた日曜日がやってくる。待ち合わせ場所は、映画館の現地集合。
浮かれていると思われても嫌だったから時間ぎりぎりに着くと、先に遠野が来ていた。矢神の姿を見つけるなり、手を振って駆け寄ってくる。
「来てくれたんですね」
「……あたりまえだろ」
そういう心配をするのは、遠野らしくないと感じた。普段見ていても悩みがなさそうに見えるから、不安に思うことがあることに驚きだ。
学校で着てる派手なジャージで来るのではないかと疑念を抱いていたが、いくら遠野でもそんなことはなかった。
パーカーにジーンズというラフな格好で、こういう方がいいのにと何気なく思う。
「上映時間は大丈夫か?」
「はい。ちょうどいいですよ」
既に遠野が前売券を交換してくれていたから、ポップコーンと飲み物を買って中に入った。
人気の作品というだけあって、けっこう席が埋まっていたのだが、不自然な光景だと感じた。それはほとんどが女性で、男性は自分たちくらいしか見かけなかったからだ。
「おい、遠野……オレ、何の作品か聞かなかったけど、どんな内容なんだ」
「時代物です」
「時代物?」
女性に人気の作品なのだろうか、と首を傾げた。
男性というだけでも浮いているというのに、男二人だと余計にそう感じる。何だかさっきから視線を感じ、見られているような気もした。
背が高くて日本人離れした顔の遠野と一緒にいれば仕方がないとは思うが、さすがに居心地が悪い。映画に来てこんな風に感じたのは始めてだ。
だが、上映が始まれば辺りも暗くなり、映画に集中するからそんなことも気にしなくなるだろう。
そう思っていたのが間違いだと気づくのは、映画を観終わってからなのであった。
「びっくりしましたね」
映画を観終わった後、呆気らかんと言う遠野の二の腕を矢神は思いっきり叩いた。
「なんだ、あれ!」
「あんな内容だったんですね」
「まさかおまえ、知らなかったのに見たいって言ったのか?」
「だって人気の映画だって聞いたから面白いのかなって」
矢神は頭を抱えて、その場にしゃがみ込んだ。
「矢神さん、大丈夫ですか?」
この男を信じた自分が馬鹿だった。
映画が始まって三十分くらいが経った頃から、何かおかしいなとは感じてはいた。だが、最後まで観ないと評価はできない。きっと何か深い意味があるんだ。そう信じて疑わなかった。
しかし、予感は的中。遠野の説明通り、内容は時代物なのは間違ってはいない。時代物の恋愛、しかも全て男同士なのだ。
内容は全然頭に入ってこないし、クローズアップされるのは男同士のそういうシーンばかり。
遠野が意識させるために、わざとこの作品を選んで自分に見せたのかと思った。上映中もずっと隣に座る遠野のことが気になって仕方がなかった。だが、知らなかったというのだから遠野の天然なのだろう。
なぜ、この作品が人気で女性に受けるのか、全く理解できない。しかも、こんな内容の映画のチケットを生徒に買ってもらったというのも問題だ。
頭の中がぐちゃぐちゃで整理がつかなかった。
「次はきちんと調べますから」
「もうおまえと映画なんか見るか!」
振り回されるのは勘弁してほしい。
その場を立ち上がり、駅に向かって足早に歩き出した。
空は日が落ち、辺りが薄暗くなっていた。皆自宅に帰るのか、駅に向かう人たちで道が混み合っている。そんな中、遠野が駆け足で追いかけてきた。
「もう帰っちゃうんですか?」
「はぁ? あとどこに行くっていうんだよ!」
「お腹空きませんか? お詫びに食事をごちそうします」
「……お詫び?」
「つまらない映画に付き合わせてしまったので」
そこまで言われると、こんなことで怒っている自分が子どもみたいに思えた。
遠野は別に悪気があって誘ったわけではない。純粋に映画を一緒に観たかっただけなのだろう。
歩みを止め、遠野と向き合った。
「腹、空いた……」
「ですよね。ここの近くに知り合いのお店があるんですが、そこでもいいですか?」
「……いいよ」
どんな態度を取っても、遠野は笑顔を絶やさない。そんな姿勢を少し見習うべきだと思うのだった。
Copyright (c) Sept Couleurs All rights reserved.