君と笑う明るい未来のために -07-
未だに記憶が戻らないレイヤだったが、最近はいろいろ話をしてくれるようになった。
初めは表情もほとんどなく、受け答えだけで会話らしい会話をしていなかったのだ。
それでも玉樹は、誰かと一緒にいるということが嬉しくて、今ではそれ以上の喜びに満たされていた。
一人でいることに慣れてしまっていても、やっぱり傍に誰かがいるのは心強いのだろう。
レイヤの怪我が完治した頃、レナードによる検査が始まった。
クリスによれば、ただの精密検査だと言っていたが、玉樹は信じていなかった。
なぜなら、日にちを空けているとはいえ、何度も検査を行っているからだ。しかも、検査が終わった後のレイヤの状態はひどかった。
食事が喉を通らなくなり、喋るのも辛そうで、帰宅と同時にベッドに横になるというのを繰り返していた。
次第にレイヤは、再び玉樹に心を閉ざし始めたのか、会話をすることをしなくなってしまった。
玉樹は、生まれて初めて父に怒りを覚える。
レナードにしてみれば、理由があってレイヤの検査を行っているのだろう。だが、その理由を知らされていない玉樹にとっては、レイヤの辛そうな姿は明らかにレナードのせいなのだから、矛先を向けられても仕方がないことなのかもしれない。
夕食後、勉強していた玉樹はどうしてもわからない問題があり、レイヤに聞いてみることにした。
その日は、久しぶりにレイヤとの会話が続いたから、もう少しだけ彼と話をしたかったというのもあった。
玉樹はレイヤがいる部屋の扉をノックした。だが、中から返事がない。
そっと扉を開けて部屋の中を覗いてみる。
「レイ?」
レイヤは部屋の中にいたが、ベッドの背もたれに寄りかかるようにして目を瞑っていた。
「寝ちゃったの?」
部屋の中に入り、レイヤの傍に近づいた。
手には読みかけの本がある。それは玉樹が勧めたお気に入りの本だった。
「読んでくれてるんだ」
嬉しさのあまり、玉樹の顔に笑みが浮かぶ。
レイヤは玉樹が部屋に入ってきたことには全く気づいていないようで、静かな寝息を立てて眠っていた。
検査のせいなのだろうか、少しやつれているようにも見える。玉樹は胸が痛くなった。
安らげるのは、こうやって一人眠る時だけのように思えた。せっかく怪我が治ったのに、これではまるで意味がない。
何もできない自分が悔しくて、玉樹は強く拳を握った。
「ごめんね、レイ……」
レイヤが傍にいてくれることが嬉しい。だけど、彼の喜びは何なのだろうか。
不意に、サイドテーブルに置かれてあったリングが目に入る。
『かおる』という人物ならレイヤのことを何でも知っているのだろうか。好きなもの、嫌いなもの、何もかも全て。
いろいろな話をしてお互いわかり合い、二人は恋人として愛し合っていたのだろうか。
会ったことのない『かおる』という人物とレイヤのことが、頭の中でぐるぐると駈け巡る。
玉樹も『かおる』と同じように、彼のことをもっと知りたかった。
いつの間にか玉樹は、穏やかな寝顔に惹きつかれるように顔を近づけていた。そして次の瞬間、彼の薄い唇に自分の唇を重ねる。
そのことに気づいたのは、玉樹の後頭部にレイヤの手が添えられた時だった。
驚いて身体が跳ねた後、慌ててレイヤから離れた。
「玉樹……?」
同じくレイヤも、目の前にいる玉樹の姿に驚いた様子だ。
「あ、ち、違うの、ごめんなさい」
レイヤの顔をまともに見られず、彼が何か喋る前に、急いで部屋を出てきた。
動揺して身体は震え、心臓が大きく高鳴っていた。
自分の部屋に入った玉樹は、深呼吸をして落ち着かせようと思ったが、全く無理な話だった。
自分の唇を指でなぞるように触れた。レイヤの唇の感触が残っている。熱を持ったように、唇が熱い気がした。
玉樹は、他人とキスをしたことはなかった。しかも、自分からするなんてことは、玉樹の性格上考えられないことだった。
「絶対に変に思われた。僕は何してるんだ!」
今度は身体中が熱くなるのを感じた。
玉樹は自分がしたことへの混乱の中、頭を冷やすために布団の中に潜るのだった。