金色の風 瑠璃の星 * 番外編 *
君と笑う明るい未来のために -06-
レイヤが意識を取り戻してから、一週間以上が経っていた。
怪我も体力も順調に回復している。ただ、記憶だけは戻らないままだ。
といっても、記憶がないのは、レイヤ自身のことだけのようだった。
言葉や物事を判断する能力はあり、日常生活は普通に送れていた。
「料理できるんだね」
テーブルの上に並べられた夕食を見て、玉樹は感心する。
「そうみたいだな。料理をしている自分は思い出せないが、身体が覚えているようだ」
怪我が治ってきて、いつまでもベッドで横になっているだけなのも退屈だからと、レイヤは身体を動かしたいと言い出した。
探索するように家の中を歩き回った後、ふと、冷蔵庫を開けて中のものを確認した。
「ここのものを使ってもいいか?」
玉樹が了承すれば、冷蔵庫の中にあった材料を調理し始めたのだ。
玉樹は料理をしないものの、調理用具は一通り揃っていたため、レイヤはそれらを器用に扱う。そして、手際がいいだけじゃなく、料理の味も完璧だった。
レイヤを凄いと感じたのは、料理の腕前だけではない。
勉強していた玉樹のノートをたまたま覗き込んだレイヤは、間違っている数式をすぐに指摘してきた。それ以外にも、おかしな部分を数か所見つけてくれる。
玉樹は成績が優秀な方だったから、教師以外にこうやって人に教えてもらうことはほとんどなかった。
しかも丁寧に説明してくれるので、とてもわかりやすい。
もしかしたらレイヤは玉樹よりも優れているのかもしれない、とそう思える瞬間だった。
そんなある日、体調が良かったらしく、今度は外に出たいとレイヤは言い始める。
何かを思い出すかもしれないから、散歩がてら近場を歩いてみるということだ。
玉樹も一緒について行くと言ったのだが、「今日の分の宿題が残っているだろ」と痛いところをつかれ、止む無く家で留守番することになってしまう。
本当は一人で行かせるのは心配だった。身体も本調子じゃないし、何より一番不安だったのは、そのまま戻ってこないような気がしたのだ。
でも、レイヤが出掛ける時に言ったセリフが玉樹を安心させる。
「玉樹と違って、オレは迷子にはならないよ」
冗談とも取れるそのセリフを少し笑って言ったことが、心を許してくれていると感じたのだ。
レイヤは必ず戻ってくる。
そう信じた玉樹は、出掛けて行く彼を快く見送った。
しかし、レイヤに言った覚えはなかったのだが、玉樹がよく迷子になることは本当のことだったので、内心驚いていたのは秘密である。
玉樹が宿題を終えた頃、外は雨が降り出していた。
更に、時刻は夜の八時を回ろうとしていて驚いてしまう。レイヤがまだ帰ってきてなかったからだ。
「大丈夫かな……」
窓から外を眺めると、雨の降り方がけっこうひどいことを知る。風も強そうだ。
レイヤは傘を持って行っていない。そのことに気づいた玉樹は、すぐにレイヤを探しに行こうと思った。
すると、部屋の灯りがぱっと消える。停電のようだった。
それと同時に、突然暗い外が明るく光り、響くほどの激しい音を立てた。
「うわあっ!」
玉樹は頭を抱え、窓に背を向けてしゃがみ込んだ。
「な、なんで……」
容赦なく凄まじい音が鳴り響き、腰が抜けてそこから動けなくなった。
玉樹は雷が苦手だった。幼い頃、家で父の帰りを一人で待っている時、近くで雷が落ちたのがトラウマになっていた。
雨と風に加え、雷の激しい音に身体の震えが止まらない。
「た、助けて……」
泣きそうになりながら小さく縮こまっていれば、電気が復活したらしく部屋の灯りが点いた。
「……玉樹?」
いつの間にかレイヤも帰ってきていたようで、名前を呼ばれ少しほっとした。
レイヤは、様子のおかしい玉樹の傍に寄る。
「泣いてるのか?」
顔を俯かせたまま、玉樹は首を横に振った。雷が恐くて泣いているなんて知られたくなかった。
以前、父に「男の子なのだから」と呆れたように言われたことが、今でもずっと忘れられずにいた。
レイヤにもそんな風に思われたくなかった。
「身体が震えている」
玉樹を心配してくれているようで、レイヤは玉樹の肩に優しく手を置いた。
何でもないんだ、と言葉にしたかった。だが上手く声を出すことができないだけじゃなく、身体の震えを止めようと思っても止まらなかった。
そんな中、また雷の音が鳴り響き、玉樹は耳を押さえて悲鳴を上げてしまう。
「雷が恐いのか?」
違うというように首を横に振ったが、玉樹の状態を見れば、誰でもそのことに気づくだろう。
玉樹は、意気地のない男だと思われないように、隠そうと必死だった。
それでも雷が鳴り続けている以上、今の自分の状態を普段通りにすることは困難だ。
不意に、自分の身体に腕が回され、引き寄せられる。
「れ、レイ……!?」
玉樹が掠れた声で、彼の名を呼んだ。
「雷が鳴り止むまでこうしていればいい」
レイヤは玉樹を腕に抱き、頭を優しく撫でた。
こうやって人に抱き締められながら頭を撫でられたのは、いつ以来だろうか。幼い頃にそんなことがあったような気もするが、あまり思い出せない。
恐る恐るレイヤの胸に、頭を預けてみた。
彼の腕の中はとても暖かくて、さっきまでの恐怖が一瞬でなくなったように安心する。
一人でも平気だとずっと思っていた。
だけど、誰かが傍にいることがこんなにも幸せだと感じたのは、玉樹にとって初めての感覚だった。
Copyright (c) Sept Couleurs All rights reserved.
-Powered by HTML DWARF-