金色の風 瑠璃の星 * 番外編 *

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君と笑う明るい未来のために -08-

 それから玉樹は、レイヤと顔を合わせるのを避けるようになった。
 どんな顔をして何を喋ればいいのかわからない。
 嫌われるのが恐い。それを面と向かって言われたら、立ち直れなくなるのが目に見えていた。
 ちょうど冬休みも終わり学校が始まっていた。だから家にいなくていいということが、今の玉樹には救いになっていた。
「玉樹」
 玄関で靴を履いていれば、後ろからレイヤに声をかけられた。
「今日は休みじゃないのか?」
「……うん。今日は図書館で勉強しようと思って」
 振り返らないまま言葉にして、出掛けようとした瞬間、レイヤに腕を掴まれる。
「玉樹、なぜオレの顔を見ない」
 玉樹は答えることができなかった。レイヤは言葉を続けた。
「最近ずっと避けられているような気がする。この間のことを気にしているのか?」
 この間のこと――それは、玉樹がレイヤにキスをしたことを指しているのだろう。
「あれは、その……」
「玉樹がオレにしたことは、特別な意味があるのか?」
 キスをした理由を自分なりに、何度も考えていた。だけど、行きつくところはいつも同じ。
 そのことをレイヤに伝えても、受け入れてもらえないことはわかっていた。
「僕自身もよくわからなくて……レイに触れたいって思ったら身体が勝手に動いてたんだ。変なことして、ごめんなさい……」
 自分でも気持ち悪いことをしたと自覚していた。
 経験はなくとも、男同士ですることではないと知っている。だから嫌われることを覚悟した。
 だが、レイヤの口から予想とは反した言葉が出た。
「嬉しいと言ったら?」
「え?」
 驚いた玉樹は、瞬時に振り返った。
「玉樹にキスされて嬉しいと感じた。それがどういう意味なのか、自分でもわからない。だが、たぶん玉樹と同じ気持ちのような気がする」
「え、だって……」
 彼女は――。
 玉樹はその言葉を口にするのを止めた。
 今のレイヤには、過去の記憶がない。彼にリングを見せたが、これといって反応を見せなかった。『かおる』という恋人がいたかもしれないが、本人はわからないのだ。
 混乱させる可能性があるなら、あえて言う必要がないと玉樹は考えた。
「オレが同じ気持ちだとおかしいか?」
 レイヤは少し困ったように苦笑した。
「……僕はたぶんレイに惹かれてるよ」
「ああ」
「こんな僕のことをレイが同じ気持ちでいるなんてありえないよ。それに僕、男だし……」
「それはそのままそっくり返すよ。オレはどこの誰なのかわからない」
「誰かはわからないけど、接していたらレイヤの優しい人柄を感じるよ」
「オレは得体の知れない人物だ。そんなオレに玉樹は優しくしてくれる」
「あたりまえだよ!」
「だからだ。そんな玉樹に、オレはいつの間にか惹かれていたんだ」
 信じられなかった。父親でさえ、息子として愛してもらえているのか自信がないというのに、他人であるレイヤが自分を思ってくれているなんて。
 しかし、レナードのことを思い出した玉樹は、すぐに暗い気持ちになってしまう。
「でも、僕のお父さんはレイヤにひどいことしてる……」
「玉樹は関係ないだろ。それにレナード博士は、オレのために記憶を戻そうと必死になってくれているだけだ」
「記憶を?」
「検査は少し苦しいが、耐えるべきだと思っている」
 レイヤのためにも記憶を取り戻した方がいいと、玉樹はわかっていた。
 だが、心の底からそう思えず、検査が苦しいのなら今のままでもいいのではないかと考えてしまう。
「玉樹、もうオレを避けるのは止めてくれるか?」
「うん……」
 頷くと、レイヤは玉樹をゆっくりと抱き寄せた。
 彼の腕の中は凄く心地良い。玉樹はそっと背中に腕を回して距離を縮めた。
 レイがすごく大切だ――。
 玉樹は初めての思いに、少し戸惑っていた。それでも、レイヤの温もりを感じながら心の中で強く願う。
 自分に何ができるかわからないけど、彼を守れるように強くなりたい。



 お互いの気持ちを知ることができ、二人の距離が縮まったことに玉樹は喜んでいたが、まだ不安は取り除かれない。
 それは、玉樹の父、レナードのことだ。
 レイヤの記憶を戻すために、最近では検査の回数を増やしているように思えた。
 レイヤは何も言わないが、容赦ないレナードならやりかねない。
「レイヤ、今日の検査は少しキツイかもしれないが、堪えてくれるな」
 朝早くから家に来たかと思えば、レナードはレイヤの検査のことしか言わない。
「お父さん!」
「どうした、玉樹」
「無理に思い出させても良くないと思う!」
 今までの玉樹なら、レナードに意見することはなかった。だが、辛そうなレイヤを見ていたら我慢できなくなり、とうとう自分の思いをぶつけてしまった。
「記憶のことか? これは、レイヤのためなんだ」
「このまま検査を続けていたら、レイが壊れちゃう!」
 玉樹は検査を止めてもらおうと必死だった。
 レイヤは耐えると言っていたが、大切な人が苦しむ姿を傍で見ていられるわけがなかった。
「玉樹、これは私とレイヤの問題だ」
「オレは大丈夫ですので、検査を続けてください」
 険悪なムードになりそうな雰囲気をレイヤが和ませようと二人の間に入ってきた。だが、玉樹は引かなかった。
「大丈夫じゃないよ。レイはいつも苦しそうで……記憶は戻った方がいいけど、少しずつ思い出していくようにした方がいいと思う。お願い、お父さん」
 玉樹が意見することにレナードも驚いたようで、少し圧倒されていた。
 口を閉ざしたレナードは、しばらく考え込んでいたようだったが、何かを諦めたような顔をして言った。
「わかったよ、玉樹。少し様子を見よう」
「ホント、お父さん?」
 レナードが自分の意見を聞いてくれたことがあまりにも嬉しくて、玉樹は声を弾ませた。
 だが、レナードはただでは引き下がらない。交換条件を出してきた。
「その代わり、レイヤにはこれから先もここに居てもらう。怪我が治ったからといって他に移ることは考えるな。検査も定期的に受けてもらう。ああ、今のような苦しいものじゃないから心配はするな。そして少しでも何か思い出したら、隠さずに私に報告すること。約束できるか?」
「わかりました。お世話になります」
 レイヤはレナードの言うことを素直に受け入れた。
 検査を無理強いされることもなく、しばらくは一緒に住むことも決まり、玉樹はほっとする。
 それはレイヤが記憶を取り戻すまでのことなのかもしれないが、それでも彼の傍にいられることが嬉しかった。






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