金色の風 瑠璃の星 * 番外編 *

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君と笑う明るい未来のために -05-

 レイヤの意識が戻り、ほっとしたのも束の間、彼には記憶がなかった。
 すぐにでも医師のクリスに報告すべきだったが、玉樹は迷っていた。
 報告すれば、間違いなく父のレナードの耳にも入る。
 記憶がないレイヤをレナードがどうするつもりなのか、玉樹は不安だったのだ。
 他人であるレイヤがどうなろうと関係ないことだろう。
 だが、玉樹の中では既に家族同然のように思っていた。
 それほど長い時間ではなかったとしても、玉樹はレイヤとしばらく共に過ごした。相手はほとんど意識がなかったが、誰よりも傍にいた人、それがレイヤなのだ。
 玉樹は、そっと部屋の中にいるレイヤの様子を窺った。
 ベッドの上で身体を起こし、窓の外を見て何をか考えているように見える。
 記憶がないことは、レイヤにとっても衝撃なことだろう。自分が何者なのかわからないのだから、その恐怖は尋常ではないはずだ。
 レイヤのために何かできないだろうか。
 そんなことを考えながら、玉樹はレイヤに声をかけようとしたその時、ガチャリと玄関の扉の開いた音が聞こえてくる。
 クリスが様子を見に来たんだと思い、玉樹は慌てて玄関に向かった。すると、そこにはクリスと一緒にレナードの姿もあった。
「お父さん!?」
 普段なら父が帰ってくることは嬉しいことだったが、今回は思わず、驚きの声を上げてしまった。
「玉樹、元気にしていたか?」
「今日はどうしたの?」
 来て欲しい時には来てくれないのに、何ともタイミングが悪い。
 いつもと違う玉樹の様子に、レナードも少し面食らう。
「どうしたって、玉樹に会いに来たんだろう。それに彼の様子も気になってな」
 玉樹に声をかけた後、まっすぐにレイヤがいる部屋へと足を進めた。
「ま、待って、お父さん!」
 玉樹が止める間もなく、レナードは部屋へ入っていく。
 レナードも驚いただろう。眠っているはずのレイヤが、意識を取り戻して起き上がっているのだから。
「意識が、戻ったのか……」
 レナードは、ゆっくりとレイヤの傍まで近づいた。
「調子はどうだ? 私は一条・レナード・フォーゲル、君を助けたのはこの私だ」
 レイヤは少し警戒したような表情で、レナードを見上げた。
 焦るように玉樹が、二人の間に割って入る。
「お父さん、レイはまだ目覚めたばかりだからあまり無理させないで」
「れい? 彼の名前か?」
 咄嗟に彼の名を口にしてしまい、玉樹はまずいと口を手で押さえたが、後の祭りだ。
 名前を知ったことは、レナードどころか、クリスさえにも報告していなかった。いつか知られてしまうのはわかっていたが、しばらくは自分だけのものにしたかったのだ。
「君の名前はレイというのか」
 レナードの問いに、レイヤは首を横に振った。
「違うのか? それでは本当の名前は?」
「覚えていない」
 呟くようにレイヤは静かに答えた。
「覚えていない? どういうことだ」
 レナードの表情が、少し険しくなる。
「お父さん、もういいでしょ?」
 玉樹がレナードの腕に触れると、そっとその手を外された。
「玉樹、少しおとなしくしていてくれるか」
 優しい口調ではあったが、レナードの表情は険しいままだ。玉樹はそれ以上、何も言えなくなる。
 クリスがフォローするように玉樹の肩を抱いて、レナードから離れさせた。
「タマ、あっちに行っていよう」
 父であるレナードに逆らうことはできない。と、同時にそれはレイヤを守ることができないということだ。
 部屋にレイヤとレナード二人だけにして、玉樹はクリスとリビングに移動する。
「クリス。お父さんは、レイ……彼をどうする気なの?」
「オレにもわからない。だが、悪いようにはしないと思うぞ」
「そうかな……」
 玉樹の前では、優しい父親でいてくれるレナード。
 今までも、よっぽどのことがない限り怒られることはなかった。
 傍にいないことの方が多かったが、それでも親としての愛情を感じていた。
 でも、仕事に関してはとても厳しい人だ。レナードの中で、一番が仕事なのは玉樹も理解している。
 レイヤがレナードの仕事に関係しているかどうかはわからなくても、優先順位が上なのを感じていた。
 だからこそ、容赦ない選択をするような気がして恐かった。
 クリスは当てにならない。それならば、レイヤを守れるのは玉樹しかいないのだ。
 しばらくして、部屋からレナードが出てくる。
「お父さん……」
 玉樹はすぐさまレナードに駆け寄った。
「彼は本当に何も覚えていないようだ。もう少し時間を置いてみよう。まだ目覚めたばかりだ、次第に何か思い出すかもしれない。玉樹、何か変わったことがあれば、すぐ報告しなさい」
「はい……」
 彼の名前を知っていて報告しなかった。それを遠まわしに言われているようで、レナードの目を見られなかった。
「クリス、引き続きよろしく頼む。怪我が回復したら、詳しく検査をするから準備していてくれ」
「わかりました」
「検査って……?」
 レナードの一つ一つの言葉が、玉樹の不安を煽った。
「玉樹は何も心配しなくていい」
 安心させようとするレナードの言葉も、今の玉樹には通じない。しかし、だからといってレイヤのことをどうするのかを聞くことは、勇気がなくてできないのだ。
「仕事が残っているから私は戻る。またな、玉樹」
 小さい子供をあやすように玉樹の頭を撫でた後、さっさと家を出て行った。
 自分の用が済めば、ここにいる必要はない。レナードにとって、ここは帰る場所ではないのだろう。
「クリス、検査って何なの?」
 レナードには聞けないから、一番楽な方法を取る。
「精密検査だろ」
 だが、クリスも誤魔化すように軽く答えた。
「嘘だ!」
「おいおい、自分の父親を信じろよ」
「信じたい……信じたいけど、お父さんは僕に何も言ってくれない」
「聞かないからだろ」
「だって……」
 クリスが玉樹の額を小突く。
「何もしてないうちからウジウジするな。聞いても話してくれないなら愚痴れ。オレが聞いてやるぞ」
「レイは……お父さんにとって何なの……」
 クリスはしばらく黙っていたが、一つため息を吐いた後、玉樹を励ますように少し笑った。
「そっくりそのまま父親に聞くんだな。だが、何も心配するなって言う父さんの言葉を信じろ。じゃあ、オレも帰るよ。戸締りちゃんとしろよ」
 そう言ってレイヤの部屋の方を気にしながら、クリスも帰っていってしまった。
 レナードもクリスも何かを隠している。そのことに気づいても、何を隠しているのかわからないのだから、どうすることもできない。
 急に不安が押し寄せてきた玉樹は、安心を求めるかのようにレイヤがいる部屋の扉をノックした。
「はい」
 レイヤが返事するのを確認してから、静かに部屋の中に入る。
「体調は大丈夫?」
「ああ」
 レイヤは玉樹の方を向かず、ずっと外を眺めていた。
 会話が続かない。しばらく沈黙が流れた。
 レナードが何を言ったのか。そして、レイヤは何と答えたのか。
 聞いてはいけないような気がして言葉にできない。
 真実を聞けば、そこで全てが終わってしまうような気がして恐ろしくなる。
 言葉を探して俯いていると、レイヤの方から口を開いてくれる。
「さっきのレナードという人は、君の父親なんだな」
「え、うん」
「オレを助けてくれたらしい。何も覚えていないが……」
「全く……覚えていないの?」
「思い出そうとすると頭が痛くなる」
 こめかみ付近を押さえたレイヤは、辛そうに目を瞑った。
「それなら、無理に思い出さない方がいいよね」
「だが、このままでは自分が何者かわからない。君はオレの名前を知っていたようだけど」
「うん、レイ……あなたの持ち物に名前らしきものが記されていたから」
「そうか……レイでいい。名前がないと呼びにくいだろ。君は……」
「玉樹、呼び捨てでいいよ」
「玉樹か、よろしく」
 レイヤが玉樹と視線を合わせて言った。
 その時初めて、玉樹は彼の穏やかな表情を見たのだ。




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