君と笑う明るい未来のために -04-
その後、彼の意識が戻ったことをクリスに連絡すれば、すぐに飛んでやってきた。
「やっと意識が回復したか……それならきっと大丈夫だろうな」
男の様子を見ながら、クリスは安堵の溜め息を吐いた。
これでやっと、レナードにいい報告ができるから余計だろう。
「で、意識が戻った時は、どんな様子だった?」
「別に普通だった」
「普通って……」
「すぐ意識を失っちゃったから……」
何とも後味の悪い言い方になった。嘘を吐くのは難しい。
殺されそうになったことは隠していた。
言えば、彼がどうなるのか心配だった。特にレナードの耳に入れば大変なことになると思ったのだ。
安易に声を掛けた自分の不注意であって、レイヤを悪者にしたくなかった。
きっと、意識が朦朧としていて混乱していたからだ。
玉樹はそう信じていた。
クリスは納得いかないというような顔をしながら、話を続けた。
「今度、意識が戻ったら、この薬を飲ませてやってくれ。食事も食べられそうなら、粥か何か食べさせてもいい。身体の方はだいぶ回復してきてるからな」
「わかった」
「あと、これは父さんから伝言。次に意識が戻ったら本人のことをいろいろ聞きたいんだってさ。だから、すぐに連絡してくれって」
それは、レナードが彼のことを何も知らないと言っているようなものだった。たぶん、名前も知らないのだろう。
「あれ? 何か質問しないのか?」
「質問しても教えてくれないでしょ」
「おお、わかってるね。それと、これはオレからの忠告。気をつけろよ」
クリスの最後の言葉に、意表を突かれた。
殺されそうになったことは言ってないのに、何か気づいたのかもしれない。
さすがだなと思った。
クリスは、幼い頃からの付き合いだから、玉樹が何か嘘を吐いていると見抜いたのだろう。
真剣な表情で見てくるクリスが、自分を心配しているのを感じ、少し申し訳なく思うのだった。
*
男の意識が戻ってから数日が経った。
あれから彼は、前と一緒で眠ったままだ。
変わらず、声をかけたり、身体を拭いたりして、刺激を与えることはしていたが、少し警戒していた。
今までと同じく彼が目覚めればいいと思っている。しかし、次に意識が戻った時には、どう対応すればいいのかわからずにいた。
距離が縮まっていると感じていたのは、錯覚でしかなかったからだ。
彼のことを思っていたのは自分だけで、相手には何も伝わっていない。辛く悲しい現実だった。
それでもめげずに、玉樹は続ける。いつものように彼の左腕を持ち、優しくタオルで拭いていた。
すると、ふいに腕を掴まれる。
はっとして顔を上げれば、眠っているはずの男が目覚めていて、玉樹は慌てた。
「あ、あの、僕は怪しいものじゃないよ。怪我してる君を助けようと思って……」
震える声で説明すれば、レイヤは掴んでいた手を離してくれた。そして静かに喋り出す。
「この間はすまない。銃が目に入ったから、殺されるのではないかと勘違いして、咄嗟にあんな行動を取ってしまった」
「ううん、大丈夫。銃があったらびっくりするよね。身体は痛くない?」
「少し痛むが、平気だ」
分かり合えると感じた玉樹は、ほっと胸を撫で下ろした。
「えっと、僕は玉樹っていうんだ。君はレイヤって言うんだよね? ちょっと呼び難いから、レイって呼んでもいいかな」
「レイ……?」
勝手にあだ名をつくったことが不快だったのか、男は怪訝そうな顔をした。
「あ、ごめん。嫌だった?」
「いや……レイヤというのはオレの名前なのか?」
「あれ、違うの?」
男は、何か考えているのかしばらく黙っていた。
だが、次第に痛みを堪えるように頭を両手で抱え込みながら首を振る。
「……何も、何も思い出せない……」
「え……?」
意識を取り戻した彼は、衝撃的な発言をした。
思い出せない、それは覚えていない、記憶がないということだ。
男を連れてきたレナードでさえ、彼のことを何も知らないのに、本人の記憶がないのであれば、いったい誰が彼のことを知っているというのだろう。
手掛かりは、持ち物のリングに記された彼の名前とカオルという名前だけ。
玉樹は不安を覚えた。それは、今後の彼のことだ。
男のことを知りたかったレナードが、彼に記憶がないことを知ったらどうするか。用無しだと判断すれば、容赦ない決断をするに違いなかった。
彼が目覚め、希望が見えたと思ったのに、一気に恐ろしくなる。
嘘を吐いたところで、レナードに通用するわけがないのはわかっていた。
どうすれば、レイヤを守れるのか。頭で一生懸命考えてみるが、何も思い浮かばない。
悔しくて唇を噛んだ。
僕は、無力だ――。
玉樹は、途方に暮れるしかなかったのだ。