同人誌 より一部掲載
好き、想いは同じだから <試し読み4>
「また、あの客の相手してたの? 大丈夫?」
同じ店で働いているリオ、本名は東田理央人が話しかけてきた。
モデルのような長身で、店の中でもダントツにスタイルがいい。大人っぽいショートボブが落ち着きを感じさせ、凛とした美しい女性。そう誰もが勘違いするが、れっきとした男性なのだ。
皇祐と同じように、男を相手に身体を売っている。
女性のような喋り方をするから、余計に、男性だとは気づかれない。
最初は、仕事柄そういう風にしているのかと思いきや、彼は普段からこんな感じだった。
「少し休んだから、大丈夫だよ」
平気というように片手をあげたが、リオは心配そうな顔をしたままだ。
「そう? 無理しない方がいいわよ」
「ありがとう」
世話を焼くのが好きらしく、彼はいつも人の心配ばかりしていた。たまに、ありがた迷惑に感じることも、しばしばある。
「ねえ、アタシ、もう上がりなの。コウもでしょ? ご飯食べに行かない? お腹空いちゃった」
「いいよ」
「ボクも上がりなんで、一緒に行きます」
二人の話を聞いていたらしく、テルこと、仁科輝明も帰る準備を終えて、寄り添うように皇祐の隣に並んだ。
彼は、皇祐と同じくらいの背格好で、可愛らしい顔をしているから客の評判は良かった。皇祐と双子のようだと、セットで予約を入れる客もいる。しかし、相手に全く媚びないので、嫌われる確率も高かった。
「アンタは来なくていいわよ」
リオは、しっしと手で追い払うような仕草をした。テルは、そんなのを気にせず、皇祐の腕に自分の腕を絡めてくる。
「コウくんがリオさんに襲われたら困るんで」
「それは、アンタでしょ! 一緒にしないで!」
店で働いている人は他にもたくさんいる。その中で、皇祐が良く話をするのは、この二人だ。だから、必然的に三人でいることが多いのだが、リオとテルの仲が良いかどうかは、怪しいところだった。
「で、何食べに行く? アタシ、ラーメンが食べたい気分なんだけど」
「リオがラーメンだなんて、珍しいな」
普段は決まって、近くにあるイタリアンレストランへ食べに行く。静かで落ち着いた雰囲気と、おしゃれな店内が、リオのお気に入りだ。何より遅くまで営業しているから、仕事帰りでも寄れる。
「リオさん、わざとらしいです」
テルが、呆れるように小さくため息を吐いて、肩を竦めた。
「何よ、直接言えって?」
二人のやりとりに、皇祐は首を傾げた。
「どういうことだ?」
「あのね、コウの恋人が見てみたいなーって。ラーメン屋で働いてるんでしょ?」
恋人という言葉に、ドキリとした。
二人には、隠しておきたくなくて、敦貴のことは伝えてあった。
「ボクも、コウくんの好きになった人がどんな人なのか興味があります」
「だから、その店に行って、ラーメン食べましょう?」
まさか、見てみたいと言われるとは思っていなくて、予想外のことに戸惑ってしまう。
「……面白がってるだけだろ?」
「違うわよ。コウの恋人に、挨拶しておきたいと思って」
否定はしていたが、二人の目は、今まで見たことがないほど、きらきらと輝いていて、好奇心いっぱいだというのがまるわかりだ。
連れて行くのは気が引けたが、断ったところで、彼らが諦めるとは思えなかった。それなら、嫌なことはすぐに終わらせた方がいい。
そう自分を納得させるのだった。
皇祐は、リオとテルと連れて、敦貴が働いている「らーめん屋じゅんじゅん」を訪れた。
皇祐も、ここに食べに来るのは初めてだったから、緊張で手に汗を握る。
昔、敦貴とラーメン屋に行った時のことを思い出していた。あの時も、わからないことだらけで、今のように肩に力が入っていた。そんな昔の自分が滑稽で、思わず口元を緩めてしまう。
ぐいぐいと進んでいくリオの後を追うように、「じゅんじゅん」と書かれたのれんをくぐって中に入った。
店内は、思っていたよりも広くて、数名の客が座っているのが見えた。
「いらっしゃいませ」
いつも耳にしている敦貴の声が、店内に響いた。そして、皇祐の姿を発見したあと、頬を染めてはしゃぐ声をあげた。
「コウちゃん! 来てくれたの!? びっくりしたー」
頭にバンダナを巻き、いかにもラーメン屋の店員という仕事着姿の敦貴に、思わずときめきそうになっていた。
「ああ、今日は早くあがったから、店の人たちと……」
「こんばんは、リオです。こっちは、テル。コウと一緒に働いている仲間なの、よろしくね」
皇祐が説明する前に、リオが満面な笑顔で敦貴に話しかけた。
「敦貴です。今日は、食べに来てくれてありがとうございます」
敦貴も緊張した趣で、リオとテルに軽く頭を下げた。その瞬間、リオが何かを思い出したかのように、高い声を上げる。
「あれ? アツキくんって、前、店に来たことあるでしょ?」
「え!?」
リオにずばり指摘され、敦貴だけじゃなく、皇祐も慌てるような声を上げた。
敦貴が皇祐の客として、店に来ていたことは、知られたくなかった。前から思いを寄せていたとはいえ、客を恋人にするのは、良い印象を与えないからだ。
だけど、隠す方が難しいことなのかもしれない。同じ店で働いていれば、他のキャストの客の顔を見ることはよくあることだった。
不安視している皇祐のことは気づいていないようで、リオが得意気に続けた。
「ほら、いじらしく店の外でコウのこと待ってたじゃない。アタシ、そこに一緒にいたの覚えてないの?」
「そうだった?」
皇祐の言葉に、リオは呆れたように笑って言った。
「ああ、そうね、コウは、アツキくんのことしか見えてなかったのよね。もう、食べる前にお腹いっぱいよ。ごちそうさま」
敦貴が店の外で待っていたことは覚えていた。しかし、リオがその場に居合わせていたかどうかは、全く記憶になかったのだ。リオの言うとおり、敦貴のことしか見えていなかったのか。
でも、今は、客として敦貴が店に来ていたことを知られていないようで、ほっと胸を撫で下ろしていた。
敦貴との挨拶も終わり、皇祐たちは、カウンターの席に並んで座った。
「何食べようかな、コウは何にするの?」
「そうだな」
メニューを見ていれば、テルが隣で、じっと皇祐に視線を向けてくる。
「テルは、何がいい?」
見やすいようメニューをテルに渡せば、こそっと耳打ちしてきた。
「コウくんって、ああいう男性がタイプなんですね」
「え……?」
「身体が大きいからですか?」
「いや、そういうわけじゃ……」
改めて言われてしまうと、恥ずかしくて頬が熱くなったような気がした。
「夜も、すごそうですもんね。だから、僕ではダメなんですか」
「テル……」
彼には一度、付き合ってほしいと告白をされていた。
店では、キャスト同士の恋愛は禁止だったし、テルにはそういう感情を持てなかったから、そのことを正直に伝えた。そんな皇祐に対してテルは、冗談なのに、と笑ったのだ。だから皇祐も、冗談として受け止めることにしていた。
それでも、こうやってたまに、意味深なことを言ってくるから困惑する。
「ボクは、うす塩ラーメンでお願いします」
「アンタ、塩なの?」
リオはテルからメニューを奪い取ったあと、しばらく悩んでいた。
「リオは、どれと迷ってるんだ?」
「スペシャル醤油と味噌で迷っているのよ。本当は味噌が食べたいんだけど、スペシャル醤油がオススメだから気になって」
「じゃあ、僕がスペシャル醤油を注文するから、それを味見したらいいんじゃないか?」
「やーん、だから、コウって大好きよ」
横からぎゅっと抱きしめられ、敦貴の視線が気になった。
「リオさん、ここでは控えてください、彼氏の前ですよ」
冷静なテルから注意が入り、はっと我に返ったリオは、慌てて皇祐から身体を離した。
「あら、ごめんなさい。アツキくん、コウとは何でもないから大丈夫よ」
「説得力なさすぎです」
「うるさいわね!」
皇祐は、何事もなかったように振る舞うため、注文を伝えることにした。
「敦貴、うす塩と味噌、あとスペシャル醤油で頼む」
「ありがとうございます」
困ったように笑みを浮かべた敦貴に、胸が痛んだ。
リオも、テルも、皇祐にとっては、大事な友人ではあった。だが、それよりもずっと大切な人が、敦貴なのだ。おかしな誤解を与えたくなかった。
「ごめん、ちょっとはしゃぎすぎたわ。あとで、アツキくんに謝っておいて」
皇祐の気持ちを察したようで、リオが顔の目の前で、両手を合わせて謝罪してくる。
こうやってすぐ気のつく相手だと知っているから、皇祐はリオと一緒にいるのだ。
「うん、敦貴も、わかってるよ」
「リオさんは、もうコウくんに近づかないでください」
「アンタだけには言われたくないわ……」
皇祐が初めて、Strahlの店にやって来た時、リオとテルは、すでに店で働いていた。
わからないことをいろいろ教えてくれたのは、彼らだった。
テルは、母親の借金を返すために、この仕事を始めるようになったらしい。
皇祐と同じ年齢だけじゃなく、父親の借金を抱えているという似た境遇のせいか、働き始めてすぐに話をするようになったのは彼だった。
リオはというと、当時付き合っていた彼氏に騙されて、借金を作ってしまい、それでこの店で働くようになったと聞いた。
最初は、皇祐がリオに挨拶をしても、ずっと無視され続けていた。それでも懲りずに、リオに会えば、挨拶することを忘れなかった。リオに限らず、どのキャストに対しても、同じように接していたのだが。
次第にリオは、皇祐に心を開いていく。そして、仕事や店について、いろいろ親身になって教えてくれるようになった。
基本的に、リオとテルは性格が合わないのか、言い合いをしていることの方が多い。だが、そこに皇祐が入るだけで、中和されるらしく、全てが丸く収まるのだ。
「お待たせしました」
敦貴と店主が、皇祐たちのラーメンを持ってきてくれる。
「おいしそうね」
「ですね」
リオとテルも、運ばれてきたラーメンを目の前にして、幸せそうな笑顔を浮かべたので、皇祐も嬉しくなった。
「申し遅れました、店主の葉室潤一です。君が、アツキの恋人のコウスケくん?」
「……はい」
店主が、皇祐が恋人だと知っていることに驚いた。
敦貴は彼を信頼して、何でも話しているのだろう。いろんな相談事も全て。
そんな相手がいることに、少なからず心がざわざわと騒ぎ始める。
「へー、あまり敦貴を惑わさないでね」
店主の顔は笑っているのに、目が笑っていなかった。皇祐のことを歓迎していない様子が、ひしひしと伝わってくる。胸に、切り裂くような痛みが走った。ずきずきと心を蝕んでいく。
店主と皇祐の間に、嫌な雰囲気が流れていた。そんな二人の様子を一番に感じ取ったのが、リオだった。
「あら、お兄さん、いい男ね」
場を和ませるために言った言葉だ。しかし、それが原因で、自分の方へと刃が向くとは、思わなかっただろう。
店主は、ふっと笑って言った。
「ありがとう、女性に言われるのは嬉しいよ。だけど、オネエに言われても虫唾が走る」
一瞬でリオの顔から、笑顔が消えた。
「何言ってんの? 潤ちゃん」
敦貴は状況がわかっていないようで、戸惑いの様子を見せていた。
リオの座っていた椅子が、ガタンと倒れる。その場で勢いよく立ち上がったからだ。
「リオ……」
落ち着かせるように、皇祐はリオの腕を引いた。だが、それは無意味な行為だった。
「ごめん、コウ。この、顔だけの男と同じ空気吸いたくないわ」
テーブルに五千円札を叩くように置き、リオはものすごい剣幕で店から立ち去った。
「ありがとうございました」
店主は、リオに出したラーメンの器を下げ、何事もなかったように、持ち場に戻る。
「え? 何で? どうしたの? コウちゃん?」
敦貴は不安そうな顔をして、皇祐に助けを求めてきた。
「大丈夫、ラーメン食べたら帰るよ、これでお会計しておいて」
リオが置いていった五千円札はしまい、皇祐は自分の財布からお金を出して敦貴に渡した。
お金を受け取った敦貴は、店主の方を気にしながら、小声で話しかけてくる。
「オレも、すぐ上がるから、家で待っててね」
「ああ」
そのあと、テルと皇祐は、無言でラーメンをすすっていた。美味しいラーメンのはずなのに、リオのことが気になって、あまり味が感じられない。
リオが怒ったところは、今まで何度か見たことはあった。だが、あそこまでひどく感情を露わにしたのは初めてかもしれない。逆鱗に触れたのだろう。
確かに、あの店主の言い方は、リオを怒らせるために、わざと言ったようにしか思えなかった。
普段リオとは言い争いばかりしているテルでさえ、帰り際に、「リオさん、大丈夫ですかね」と、心配していたくらいだった。
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