好き、これからも友だち02

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好き、これからも友だち02

 午後の授業が終わり、皇祐は教室から出ようとした。
 その時、肩を叩かれ呼び止められる。
「コウちゃん!」
 振り返れば、そこには小此木敦貴がいた。
「もう! さっきから呼んでるのに、無視するんだもん」
「……コウ、ちゃんって、僕のことか?」
「あれー? コウスケって名前じゃなかった?」
「そうだけど……」
「なら、コウちゃんでいいじゃん」
 聞き慣れない呼び方に、困惑していた。自分をあだ名で呼ぶ人はいない。今までにも呼ばれたことはなかった。彼は、いとも簡単に距離を縮めてくる。
「オレのことは、敦貴って呼び捨てでいいよ。苗字は言いにくいからさー」
 歯を見せてニッと笑った。何が楽しいのかわからなかったが、悪い気はしない。
「……敦貴、何かあったか?」
 名前を呼ぶのは、何となく気恥ずかしくて、声が小さくなっていた。
「ああ、そうそう。コウちゃんも一緒にラーメン食べに行こうよ」
「ラーメン?」
「ほら、昼に言ってたじゃん。新しい店がオープンするって。これから予定あるの?」
 いくつか習い事をしていたけど、この日はちょうど何も入ってない日だった。
「……ないけど」
 そう答えてから、失敗したと思った。
 敦貴の後ろに、こちらを見ている男子が数名いる。みんなで行こうとしていたところに、彼が皇祐の名前を出したのだろう。嘘でも用事があると言えば良かったのだ。
「僕が行っても……」
 雰囲気を悪くするのは、わかっていた。それなのに、敦貴は強引に腕を引く。
「じゃあ、いいじゃん。行こうよ」
「敦貴……!」
 みんなの前に、皇祐を連れ出した。
「コウちゃんも行くってー、早く向かおう。絶対混んでるもん」
 彼らは何も言わなかったが、なぜコイツもついてくるのかといような微妙な空気を漂わせてた。そんなことも気づかず、敦貴は本当に楽しそうに、飛び跳ねるようにして喜びを表す。
 ラーメン屋に向かう途中も、そのテンションのままだ。皇祐の隣を歩きながら、敦貴が一人で喋っている。前を歩く男友だち三名にも、すかさず話を振り、場を盛り上げていた。
 それは自然にやっていることで、前を歩く男子たちが、皇祐がいることに対して不満そうにしているのは、まるでわかっていないようだった。
 店にたどり着くと、敦貴の予想通り混んでいて、長蛇の列になっていた。ほとんどが制服を着た学生なのは、やはり価格が百円で安いからなのか。
「待つのめんどー。早く食べたいからイライラするんだけどー」
 列に並んだ途端、仏頂面で敦貴が文句を言った。
「仕方ねーだろ、じゃあ、諦めるか?」
 友だちの一人が、苛立ちを表情に出す。
「どのくらい待ってるか、誰か店に行って見てきてよ」
「アツキが行けよ」
「また戻ってくるのダルいもん……」
「じゃあ、おとなしく待ってろ」
 皇祐は、敦貴たちのやり取りをハラハラしながら見守っていた。そのまま喧嘩になりそうな勢いだったからだ。
「コウちゃんは、待つの平気?」
 急に話を振られたので、驚いて上擦った声を出す。
「ああ、平気」
「そーなんだ。それなら、順番待とうー」
 面白くなさそうな顔をしていた敦貴だったが、友だちたちとも喧嘩することなく、おとなしくなったのでほっとする。
 三〇分くらい待ったところで、ようやく店内に入ることができた。中はそんなに広くないが、新しい店というだけあって、きれいにされている。
 古くて汚いというのが、皇祐の中のラーメン屋のイメージだったから、意外に思えた。
「お客様は何名ですか?」
 学生にも見える可愛らしい女の子が、皇祐たちの前にやってきて、訊ねてきた。
「五名だよー」
 敦貴が気だるそうな声で答えると、店員の彼女が、店内を確認しながら少し困った顔をする。
「ぎりぎり四名でしたら座れるんですけど……もう少ししたら空くと思いますので、他のお客様を先にご案内してもよろしいですか?」
 かなり混んでいるから、五名いっぺんに座るのはなかなか厳しいらしい。中には相席している人たちもいるようだった。
「そうなのー? じゃあ、ケンちゃんたち先に食べてていいよ。オレとコウちゃん、次に空くまで待ってるから。いいよね、コウちゃん?」
「……構わないけど」
「じゃあ、先に食ってるな」
 三人は店員に案内されて、一番奥の座敷に座った。そこも狭いようで、三人が座ってもやっとという感じだ。
「敦貴……良かったのか? みんなと食べなくて」
 あんなにも早く食べたいと不満をこぼしていたのに、予想外の行動に目を見張る。
「あ、コウちゃん、みんなと食べたかった? ごめんねー」
 軽く腰を曲げ、顔の前で手を合わせて詫びてきた。 
「いや、僕は……いいんだ……」
 みんなで顔を合わせて食事をするのには、抵抗があった。だから、離れて座ることになって、正直なところほっとしている。
 でも、敦貴は違う。みんなと食べることを楽しみにしていたに違いない。
 そもそもの原因は、昼休みに皇祐が、敦貴に声をかけたことから始まっていた。そのせいで、今度は敦貴に声をかけられ、二人は関わることになってしまった。この場に皇祐がいなければ、敦貴はみんなと一緒に食べることができたはずだ。
 時おり、先に座った男子たちの楽しそうな笑い声が聞こえてくる。そこに、敦貴はいない。心を引き裂くようなズキズキとした痛みに襲われた。
 席が空くのを待っている間、皇祐と敦貴に会話はなかった。つまらない思いをしているのではないかと気がかりだったが、話題が見つからない。ただ、黙っているしかなかった。
 それから少し経って、二人はやっとカウンターの席に案内される。
「なに食べようかな。迷うなー」
 メニューを見ている敦貴は、ご機嫌に鼻歌を歌いながら、口元をほころばせていた。その様子にほっと胸を撫で下ろし、同じくメニューを眺めた。
「コウちゃんは、何にする?」
 どれを選べばいいのかわからず、混乱した。不安そうに皇祐が敦貴の方に視線を向ける。
「……うん、どうすればいいだろう」
「迷ってるの? だったらさ、オススメの塩にしなよ。オレは味噌にするから、味見し合おうー」
 こちらに身体を寄せてきて、皇祐が持っていたメニューを覗き込むようにして笑顔を見せた。
「任せるよ……」
「わかった。おっちゃん、塩と味噌ねー」
 豪快に手をあげて、慣れた様子で敦貴は注文を頼んだ。
「ありがとう……」
「んー?」
 敦貴にお礼を言えば、小首を傾げ、不思議そうな表情を浮かべた。
 彼は何もしていないつもりなのかもしれないが、皇祐にとっては有難いことだった。店の中で大きな声を出して注文をするという行為が、皇祐にはハードルが高かったからだ。
 しばらく待って、皇祐と敦貴の前にラーメンが運ばれてくる。それと同時に、一緒に来た三人がちょうど食べ終わり、席を立ったところだった。
「アツキ、食ったから先帰ってるぞ」
「んーわかった。また明日ねー」
 片手を上げて、軽く挨拶をした後、敦貴はすぐにラーメンの方に飛びついた。
「すげー、おいしそうー。いただきまーす」
 割り箸を即座に割り、麺をすくって、ふうふうと冷ましながらすすった。幸せに満ち溢れた顔で、今度はスープを飲む。
 皇祐の方は、それどころではなかった。先に帰ってしまった敦貴の友だちのことが気になって、落ち着かない。
 一緒に店にやって来たのに、食べるのも、帰るのもバラバラだ。これではまるで意味がない。間違いなく自分のせいだと、思い悩んでいたのだ。
「ウマいよ、これー。コウちゃん、どうしたの? のびちゃうよ」
 何度も店の外の方を気にして振り返っていたから、さすがの敦貴も、眉を寄せて浮かない表情を見せた。
「うん……」
 ラーメンに夢中の敦貴は、友だちのことは全く気にしていない様子だ。本人がいいのなら、皇祐が心配しても仕方がないのだが。
 敦貴の食べ方を確認しながら、皇祐も割り箸を割った。そっと麺をすくいあげ、ふうふうと充分に冷ましてから口に入れた。深い味わいが口いっぱいに広がって、衝撃を受ける。麺の硬さもちょうど良かった。
「ウマい……」
 思わず、口から漏れていた。
「塩もウマい? 味見させてね」
 肩に敦貴の身体が触れた。狭い店だから、やむを得ないが、先ほどからすごく気になっていた。
 敦貴の方は、そんな様子を見せずに、レンゲを持って、皇祐のどんぶりからスープをすくって口に入れる。
「ほんとだー、塩もイケるね。味噌も食べてみる?」
 敦貴がどんぶりを皇祐の方にずらしたので、同じようにレンゲを使ってスープをすくった。冷ましながら、ゆっくり飲んでみる。味噌はコクがあって、病み付きになりそうな味わいだった。
「敦貴のもおいしいな」
「そうでしょー?」
 まるで自分が作ったような言い方だったから、何か可笑しくて、笑みが零れてしまう。それを誤魔化すように咳払いをして、ラーメンを食べることに専念した。



「はぁーウマかったー」
 店を出て、敦貴はご満悦な様子で腹を擦った。
 外にはまだ、ラーメンを食べるために待っている人たちが、たくさん並んでいる。待ってでも食べたい、そんな心境になったことがなかった皇祐だったが、今ならその気持ちが少しわかる。
「こんなおいしいものだって、知らなかった」
 食事をしたせいもあったが、感激して身体が熱くなっていた。
「そんなに気に入った?」
「気に入ったっていうか……」
 皇祐は、言いかけて口籠った。こんなことを口にすれば、白けてしまうんじゃないかと不安になる。
 だけど、それ以上に、今の気持ちをどうしても言葉にしたかった。
「……実は、ラーメンを食べたのは今日が初めてで」
「え!? コウちゃん、ラーメン食べたことなかったの?」
 敦貴は、驚いた様子でその場に立ち止まる。予想通りの反応だ。
「父親に、身体に良くないものだから食べるなって言われたから……」
「へー、そうなんだ。それなのに食べて良かったの?」
「うん、こんなにおいしいのに、ラーメンを食べないなんて損してるよ。今日は誘ってくれて、ありがとう」
「わーい、初めてのラーメン、コウちゃんが喜んでくれたー、やったー」
 敦貴は、皇祐の言ったことに対して引くどころか、反対に嬉しさを表した。
 スキップするように軽やかにくるくると走り回り、楽しそうに笑う。それにつられて、ふっと口元が緩んだ。
 ――また、敦貴と食べに行けるといいな。
 そんなことを思いながら、皇祐もからりと晴れるような気持ちになっていた。




二話で終わる予定でしたが、もう少し続きます。

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