ここまできて、おろおろしてもどうにもならないので、敦貴はシャワーを浴びている間に覚悟を決めた。
しかし、上がってタオルで身体を拭いていれば、そこで一悩みすることになる。
服を着て戻るべきなのか、それとも裸で行くべきなのか。まるで、初めて行為をする女の子のような心境だ。
普段は下着一枚で女性を迎え、さっさと事を済ませるのだが、今回その姿で戻って、張り切っていると見られるのも不満だった。
「こんなことでうじうじして、嫌になってくる……」
もっと軽い気持ちで挑みたいのに、思い詰める自分が鬱陶しかった。すっかり気が抜けた敦貴は、その場に足を投げ出して座る。
「はぁー、戻りたくないなー」
面倒になって考えるのを諦めたその時、うってつけのものが視界に入った。それは、棚に畳んで準備されていたバスローブだ。
「なーんだ、これ着ればいいじゃん」
悩みが解決して、爽快な気分になった。鼻歌を歌いながらバスローブを手に取り、それを着てから皇祐のところに戻ることにしたのだが。
「コウちゃん……」
「随分、遅かったな」
「これ見て、バスローブ、すげーちっちぇーの」
バスローブに袖を通したはいいが、女性用だったらしく、袖だけじゃなく丈も短くて、かなりおかしな恰好になっていた。両手を広げてその姿を見せれば、皇祐は吹き出し、肩を震わせて笑う。いつも落ち着いている彼が、こんなにも感情をむき出しにするのは珍しいことだった。
「そんなに可笑しい?」
高校の頃のように、彼との距離が近づいた気がして、喜びが込み上げてきた。
「ああ、久しぶりだよ、こんなに笑ったの」
「もっと大きいの用意しておいてくれたらいいのにねー」
「敦貴は身体が大きいからな。大丈夫、すぐ脱ぐことになるよ。じゃあ、僕もシャワーを浴びてくるね」
さっきまで笑っていたのが嘘のように、淡々とした口調で話しながら、皇祐はバスルームに向かった。
どんな時も平常心を保っているのは、昔からのことだったが、そのおかげで敦貴の方は気おくれする。
「すぐ脱ぐことになるって……コウちゃんの口からそんなセリフを聞くなんて」
身体がかゆくなりそうなセリフに思えたが、皇祐が使うと心がどよめき、カッコいいとさえ感じた。言い慣れているせいなのだろうか。
「潤ちゃんも女の子たちに言ってそうだけど、そんなセリフ吐かれたら絶対笑っちゃうなー」
皇祐と何が違うのかは、わからなかった。ただ、潤一のお調子者というイメージが強すぎて、全て笑いに繋がる。
軽く笑い声を立てれば、意外と室内に声が響いた。
皇祐の方はというと、高校の頃、男子みんなで性的な話で盛り上がっていても、一人だけ涼しい顔をしていた。女子に告白されることもあったが、悩むこともせず、すぐに断るのだ。だから、あまり興味がないのかと思っていた。
でも、ゲイだというのだから、相手が男だと違うのだろう。仕事柄、経験は敦貴よりも多いはずだ。どんな風にするのか想像はできなかったが、とにかくすごく官能的なのではないかと考える。
いろいろイメージを膨らませていれば、さらに緊張が増した。ベッドに横になっていた敦貴は、大きな身体でごろごろと転がった。
もしかしたら、初めて経験した時よりも緊張しているかもしれなかった。
「敦貴、大丈夫か?」
不意に声をかけられたので、驚いて息が止まりそうになった。ゆっくりと起き上がり、皇祐に背を向けて正座する。背筋をピンと伸ばして姿勢を良くした。
「そんな姿勢だと、疲れるだろ」
皇祐の控えめな笑い声が聞こえてくる。振り向けば、彼もバスローブを着ていた。サイズはぴったりのようだ。湯上りで、何だか艶っぽい。相手は友人で、男なのに、そんな言葉がぴったりに思えた。
おもむろに、皇祐はベッドにあがってきた。そろりそろりと傍に近づいてきて、座っている敦貴の足の間に入ってくる。
あまりの距離の近さに、大きな音を立てている鼓動が聞こえてしまうんじゃないかと心配になった。
「どうしたら……」
緊張で頬が強張り、上手く喋られない。手順がわからなくて、うろたえていた。相手が女性の時と変わらないのだろうか。
「どうしたい?」
小さな声で囁くように聞いてくる。恥ずかしくて顔を伏せたいのに、皇祐から視線を逸らすことができなかった。
「あの、いつも、コウちゃんは……」
敦貴が最後まで答える前に、敦貴の頬に皇祐の指先がそっと触れた。
「僕のやり方でいいの?」
指を滑らせるように触れてくる。指先はなぜか冷たかった。
むず痒いような、くすぐったさに、目をぎゅっと瞑る。その瞬間、唇が重なった。
――柔らかい。
率直な感想だった。彼の唇が自分に触れた驚きよりも、唇の感触の方が衝撃的だったのだ。男の唇は、もっと硬いのかと、そんな勝手なイメージを持っていた。
触れた唇は、すぐに離れる。
「嫌、じゃない?」
皇祐は怯えるような声を出し、上目使いで見つめてきた。
思わずゴクリと生唾を飲み込み、勢いよく首を縦に振る。
すると、安堵したように表情を和らげ、再びキスをしてきた。
今度は、唇を割って舌が侵入してくる。首に腕を絡めてきて、深く深く口内を這い回るように舌が動いていた。それに合わせるように敦貴も舌を動かす。お互いの舌を絡め合うたび、淫らな音が漏れ、呼吸が乱れていった。
皇祐は、敦貴のバスローブを肩から外し、身体にも触れてきた。唇を合わせながら、ひんやりとした手のひらが肌を撫でていく。その手は、女性のように柔らかくて、嫌な感じはしなかった。むしろ心地良い。
敦貴は、皇祐の身体に腕を回しそうになり、ぎりぎりのところでその腕を下ろした。それをしてはいけないような気がしたから、辛うじて堪えたのだ。
唇を離した皇祐が、呼吸を乱しながら敦貴を見つめた。
「下、触っていい?」
「え?」
その意味を理解する前に、敦貴の下半身に手が伸びた。
「ちょ、まっ、待って、コウちゃん」
腰を引きながら、慌てて皇祐の手を掴んだ。彼は、眉を顰めて不安そうに見上げてくる。
「知りたいんだろ、僕がどんなことしているか」
だから、こんなことになっている。言い出したのは敦貴だ。だけど、実際自分が体験するとなれば、先に進むのが怖くなる。
「本当に嫌だったら、言って」
皇祐は優しく耳元で囁きながら、敦貴の腰にまとわりついていたバスローブを無造作に取り払った。
隠すものがなくなり、ボクサーパンツ一枚の状態は心もとない。だけど、そんなことを考える間もなく、下着の上から手のひらで触れてきた。刺激に腰が震える。
一度、皇祐が敦貴から身体を離した。そして、サイドテーブルに手を伸ばし、何かを取る。
「なーに、それ?」
それは化粧品のようなボトルだった。
「ローションだよ」
「ローション?」
「滑りを良くした方が気持ちいいから」
そのボトルの蓋を開け、皇祐は手のひらに中身の液体を出した。
「それ、つけるの?」
敦貴の不安が声に現われていた。皇祐も気づいたのだろう。
「大丈夫、害のないものだよ。万が一、口に入っても大丈夫」
「……うん」
皇祐のことは信用していた。彼が自分を傷つけることはしない。わかっているのに、不安は消えなかった。
「敦貴、自分で脱ぐ?」
「え……?」
「ごめん、先にローション出しちゃったから、僕が脱がしたら、下着汚れちゃうよね」
「あ、うん……」
友人の前で、パンツを下ろして全裸になるというのは、とんでもなく恥ずかしい。相手も同じく全裸ならまだしも、皇祐はバスローブを羽織っているのだから。
顔を俯かせて躊躇していれば、皇祐が距離を縮めてきた。
「敦貴」
「は、はい」
「脱いで」
優しい言い回しだったが、その言葉に敦貴は逆らうことはできず、従うしかなかった。
のそのそとボクサーパンツを下ろして、足から外す。こんな恥ずかしいことは二度としたくないと心の中で思った。
股間を隠すように膝を立てて座れば、すぐさま皇祐が傍に寄ってくる。閉じていた足を開かせ、股間に手を伸ばしてきた。
いたたまれなくて、両手で顔を隠してしまう。
その間にも、皇祐の細い指が敦貴の股間に絡みついた。軽く握り、ゆっくりと上下に動かしてくる。腰を引きそうになったが、「敦貴、逃げないで」と言われ、その場に留まった。
男性の友人に触られて、気持ちよくなるわけがないと、心のどこかで思っていた。だけど、刺激されるたびに息は上がり、身体の下の方から火照って熱くなるのがわかった。
皇祐が慣れていて上手だからなのか、自分でするよりも、はるかに気持ちがいい。
先端を焦らすように指先で弄ったり、竿だけじゃなく、睾丸も優しく刺激したりしてくる。ローションの音がいやらしく室内に響いていた。
「もう、いい、コウ、ちゃん……」
切羽詰まった声を出し、皇祐の両肩を掴んで強引に身体を引き離す。
彼がどんな仕事をしているか、充分体験することができた。このまま続けたら、達してしまいそうになる。
「まだ、だよ」
だけど、皇祐はやめなかった。敦貴の唇に口づけをしながら、扱き始めたのだ。口内を犯すように舌が侵入してきて、下半身の刺激も忘れない。手のひらで優しく包み込み、一定のリズムで動かしていた。ローションのせいで、滑るようになめらかだ。股間がびくびくと波打つ。
「ん! んんっ……」
何とかやめさせるために、皇祐の身体を押しのけようとしたが、襲ってくる快感に負けて、思うように力が出せなかった。
眉を寄せて必死に我慢する。限界まで持ちこたえようとしていた。それなのに、今度は射精を促すように激しく攻め立ててくる。もう耐えることはできなかった。腰をがくがくと震わせながら、皇祐の手の中で果てていた。
「ごめ……コウちゃん……」
呼吸が落ち着かないまま、彼の肩に頭を乗せたせいで、荒い息を吹きかけてしまう。
心苦しくて、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。頭が上手く働かなかったから、どうしていいかすぐに浮かばない。
「どうして、謝るんだ?」
よしよしと子どもをあやすように、皇祐は敦貴の背中を撫でた。片方の手は、敦貴を握ったままだ。
「コウちゃんの手、汚しちゃった……」
彼からゆっくり身体を離し、身をすくめるようにして顔を覗き見た。彼は平然と構えていて、うっすらと笑みまで浮かべている。
「いいんだよ、僕の仕事だから」
そう言って、何枚か手に取ったティッシュで、敦貴の股間と自分の手をぬぐった。
「あのね……」
「敦貴、もう遅いから寝た方がいい。チェックアウトは十時だから、それまではここに居ても大丈夫だよ」
敦貴が喋る言葉は、皇祐の言葉でかき消された。
「コウちゃんは、寝ないの?」
「僕も少し寝てくよ。同じベッドで悪いけど。おやすみ」
明かりを薄暗くし、寝っ転がる敦貴の隣に、皇祐も横になった。大きなベッドだから、男が二人寝ても十分余裕がある。
敦貴は、目を瞑ったらすぐにでも寝られそうだった。激しく体力を使ったせいだろう。
でも、皇祐のことが気になった。罪悪感にさいなまれ、気分が晴れない。
「コウちゃん……寝ちゃった?」
やるせなくて、つい声をかけていた。
「寝たよ」
即座に返ってきた答えに、ほっこりした気持ちになる。
「起きてるじゃん」
身体を反転させて、仰向けに寝ている皇祐の方を向いた。彼も眠たいのか、目を瞑っていて動かない。
敦貴は気にしないで、話を続けた。
「今度、ご飯食べに行こうよ」
「もう、お腹空いたのか?」
少し掠れたような声を出し、うっすらと瞼を開けた。
「違うって、コウちゃんとご飯食べに行きたいの」
「敦貴は、本当に食べることが好きだな……」
そう言って、眠そうに小さくあくびをする。
「ねー、行こうよー」
一人ウキウキしていたが、皇祐は再び目を瞑って静かになった。
「コウちゃーん、起きてよー」
軽く肩を揺らしてみると、目を瞑ったまま細い声で喋る。
「いいよ……ウマい店、探しておいて」
「うん、探しておくね」
あまりにも嬉しすぎて、足をバタバタさせた。すると、さすがに指摘される。
「もう寝るよ、おやすみ」
「おやすみー」
次に会う口実ができて、心が軽くなった。これで終わったら、今までの関係が崩れてしまう気がしたからだ。
今日のことは、ただの体験で、皇祐との友情は変わらないと敦貴は信じていたのだ。
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