触れてしまえば、もう二度と

7

1ページ/2ページ




 悩みを聞いているうちに、いつの間にか矢神の家に後輩が同居することになっていた。

 そして休日のこの日、その人物が引っ越してくるのだ。

 荷物だけは先に届いていたので部屋に運んでもらい、その後は本人が来るのを待つ。

 約束の時間よりだいぶ遅れて、チャイムが鳴った。



「遅い!」



 無造作に玄関の扉を開けた矢神は、そこにいるのが遠野だと確信して、少しキツイ口調で言った。遠野が困った顔をして、頭を掻きながら答える。



「すみません。道路が混んでて……」

「連絡ぐらい寄こせ」



 はい、と返事をして誤魔化すように笑い、遠野は玄関の外に目を向けて言った。



「あの、矢神さんの車の横にバイク停めてきたんですけど、いいんですよね?」

「許可もらったから大丈夫だよ。それよりも突っ立てないで入れば」



 珍しく遠慮がちに自分から動こうとしないので、遠野を部屋に入るよう促した。



「お邪魔します」



 部屋の中を一通り案内しようとしたが、矢神はあることを思い出し、立ち止まって遠野の方を振り返った。



「オレ言い忘れたんだけど……おまえ、アレルギーとかないよな?」

「アレルギー?」



 突然の問いだったせいか、遠野は何のことかと不思議そうに首を傾げた。



「アレルギーだよ! あるのか、ないのか!」

「えっと……これと言ってないですけど……」

「じゃあ、大丈夫か」



 一人で納得していると、気になったらしく、遠野の質問攻めに合う。



「矢神さん、アレルギーあるんですか? 辛いですよね。何の食べ物がダメなんですか? あ、もしかして花粉とか? それともハウスダスト?」



 的外れな問いかけに、なおさら言い難くなった。だが、これから同居するのだから隠しておけるわけもない。



「矢神さん?」



 すぐに答えないから、今度は矢神の名前を何度も呼んできた。仕方がないと諦めた矢神は、恐る恐る言葉にしてみる。



「……オレ、猫飼ってるんだ」

「猫ですか?」



 視線を感じたようで、遠野が奥の部屋の方を振り向いた。そこには、ドアの隙間からこちらを見ている真っ白な猫の姿がある。



「わあ! かわいいですね! オレ、猫好きですよ」

「そう……」



 普通の反応で、矢神は少しほっとする。

 以前、猫を飼っていることを付き合っている彼女に伝えたところ、意外だと笑われたことが矢神の心のダメージになっていた。それ以来、猫を飼っていることは誰にも言っていない。



「名前はなんて言うんですか?」

「……ペルシャ」

「ああ、ペルシャってすごく毛が長いから手入れ大変ですね。それで猫の名前は?」

「……だから、ペルシャだって言ってんだろ」

「ペルシャ? それって猫の種類の名前ですよね?」

「何だよ、オレが飼い主なんだからどんな名前つけようが勝手だろ! ペルシャ猫だからペルシャで悪いか!」



 いろいろ突っ込まれるのが面倒で強気に出れば、遠野は何も言い返さなくなる。



「……悪くないです」

「ペルとかペルにゃーとか、その時によって呼び方が変わるんだよ」

「可愛いですね」

「そうだろ」



 自分の意見と一致して嬉しくなった矢神は、大きく頷いた。



「いえ、矢神さんがです」



 しかし、すぐに違う答えが返ってきて愕然とする。



「おまえ、感覚がおかしいよ」

「そうですか? おいで、ペルシャ」



 遠野は猫の目線になるようにしゃがんで、猫に話しかけた。すると、遠野の方を見ていた猫が急にぷいっと横を向き、部屋の中に入ってしまった。人間でいえば、かなり感じが悪い態度だ。



「あれ、おかしいな。オレ、動物に好かれる方なのに」



 首を傾げた遠野が、少し残念そうな声を出した。



「嫌われてやんの」



 遠野と猫のやり取りが妙に面白くてツボに入った矢神は、お腹を抱えて可笑しそうに笑った。



「そんなに笑わなくても……」



 普段学校では、あまりこんな姿を見せない矢神だが、自分の家だということで気が緩んでいたのだろう。



「はぁ、腹痛い。おまえでも嫌われることあるんだな」

「飼い主に似るって本当ですよね」

「何だそれ」



 少し不貞腐れたように言った遠野の言葉の意味はわからなかった。



 
 
 


モドル | ススム | モクジ | web拍手

Copyright (c) Sept Couleurs All rights reserved.