触れてしまえば、もう二度と
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悩みを聞いているうちに、いつの間にか矢神の家に後輩が同居することになっていた。
そして休日のこの日、その人物が引っ越してくるのだ。
荷物だけは先に届いていたので部屋に運んでもらい、その後は本人が来るのを待つ。
約束の時間よりだいぶ遅れて、チャイムが鳴った。
「遅い!」
無造作に玄関の扉を開けた矢神は、そこにいるのが遠野だと確信して、少しキツイ口調で言った。遠野が困った顔をして、頭を掻きながら答える。
「すみません。道路が混んでて……」
「連絡ぐらい寄こせ」
はい、と返事をして誤魔化すように笑い、遠野は玄関の外に目を向けて言った。
「あの、矢神さんの車の横にバイク停めてきたんですけど、いいんですよね?」
「許可もらったから大丈夫だよ。それよりも突っ立てないで入れば」
珍しく遠慮がちに自分から動こうとしないので、遠野を部屋に入るよう促した。
「お邪魔します」
部屋の中を一通り案内しようとしたが、矢神はあることを思い出し、立ち止まって遠野の方を振り返った。
「オレ言い忘れたんだけど……おまえ、アレルギーとかないよな?」
「アレルギー?」
突然の問いだったせいか、遠野は何のことかと不思議そうに首を傾げた。
「アレルギーだよ! あるのか、ないのか!」
「えっと……これと言ってないですけど……」
「じゃあ、大丈夫か」
一人で納得していると、気になったらしく、遠野の質問攻めに合う。
「矢神さん、アレルギーあるんですか? 辛いですよね。何の食べ物がダメなんですか? あ、もしかして花粉とか? それともハウスダスト?」
的外れな問いかけに、なおさら言い難くなった。だが、これから同居するのだから隠しておけるわけもない。
「矢神さん?」
すぐに答えないから、今度は矢神の名前を何度も呼んできた。仕方がないと諦めた矢神は、恐る恐る言葉にしてみる。
「……オレ、猫飼ってるんだ」
「猫ですか?」
視線を感じたようで、遠野が奥の部屋の方を振り向いた。そこには、ドアの隙間からこちらを見ている真っ白な猫の姿がある。
「わあ! かわいいですね! オレ、猫好きですよ」
「そう……」
普通の反応で、矢神は少しほっとする。
以前、猫を飼っていることを付き合っている彼女に伝えたところ、意外だと笑われたことが矢神の心のダメージになっていた。それ以来、猫を飼っていることは誰にも言っていない。
「名前はなんて言うんですか?」
「……ペルシャ」
「ああ、ペルシャってすごく毛が長いから手入れ大変ですね。それで猫の名前は?」
「……だから、ペルシャだって言ってんだろ」
「ペルシャ? それって猫の種類の名前ですよね?」
「何だよ、オレが飼い主なんだからどんな名前つけようが勝手だろ! ペルシャ猫だからペルシャで悪いか!」
いろいろ突っ込まれるのが面倒で強気に出れば、遠野は何も言い返さなくなる。
「……悪くないです」
「ペルとかペルにゃーとか、その時によって呼び方が変わるんだよ」
「可愛いですね」
「そうだろ」
自分の意見と一致して嬉しくなった矢神は、大きく頷いた。
「いえ、矢神さんがです」
しかし、すぐに違う答えが返ってきて愕然とする。
「おまえ、感覚がおかしいよ」
「そうですか? おいで、ペルシャ」
遠野は猫の目線になるようにしゃがんで、猫に話しかけた。すると、遠野の方を見ていた猫が急にぷいっと横を向き、部屋の中に入ってしまった。人間でいえば、かなり感じが悪い態度だ。
「あれ、おかしいな。オレ、動物に好かれる方なのに」
首を傾げた遠野が、少し残念そうな声を出した。
「嫌われてやんの」
遠野と猫のやり取りが妙に面白くてツボに入った矢神は、お腹を抱えて可笑しそうに笑った。
「そんなに笑わなくても……」
普段学校では、あまりこんな姿を見せない矢神だが、自分の家だということで気が緩んでいたのだろう。
「はぁ、腹痛い。おまえでも嫌われることあるんだな」
「飼い主に似るって本当ですよね」
「何だそれ」
少し不貞腐れたように言った遠野の言葉の意味はわからなかった。
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