君と笑う明るい未来のために -09-
「レイ……」
玉樹は、自分の寝言で目を覚ました。
夢を見ていた。レイヤと出逢った頃の思い出が、夢になって現れたようだ。
少しの間、幸せな気持ちでいたが、昨夜の行為のせいか身体はひどく重く、すぐに現実に引き戻される。
あんなにも強引なレイヤは、珍しいことだった。
何か嫌なことがあったのかもしれないが、そういうのを他人にぶつけるタイプではない。だから、レイヤのことが心配で、不安でもあった。
ベッドからゆっくり起き上がり、玉樹は辺りを見渡した。そこはレイヤの部屋なのに、彼の姿はない。
床に散らばっていた下着とTシャツを拾い、それらを身に付けてから部屋を出た。
リビングに行くと、テーブルの上に伝言メモが二枚置かれている。
一つは、父のレナードのメモ。もう一つは、レイヤのメモだった。
どちらも玉樹宛で「先に出る」というような内容が書かれていた。
そのメモと一緒にレイヤが作った朝食が並んでいる。
いつもと同じ美味しそうな朝食だったが、食べる相手がいないのでは、玉樹にとって意味がない物だった。それなら初めから、何も並んでいない方がいい。
玉樹は一気に寂しくなる。
最近は、ずっとそうなのだ。レイヤが傍にいてくれているのに、彼と出逢う前のように孤独を感じている。
二枚のメモをぐしゃりと丸めた。
ある一つの不安が、玉樹の心を占めている。レイヤの記憶が戻っているんじゃないかということだ。
自分の中で認めたら、本当になってしまいそうで嫌だったから、なるべく考えないようにしていた。
だが、様子がおかしいレイヤを見ていると、そうとしか思えなかった。
記憶が戻った時には、報告してくれると信じていた。しかし、レイヤと玉樹は深い関係にまでなっている。そのせいで、記憶が戻ったことを言いにくくさせている可能性があった。
ずっと傍にいられるなんて思っていたわけじゃない。いつか記憶が戻れば、彼は離れて行ってしまうことはわかっていた。記憶を失っているだけで、レイヤには大切な存在がいる。玉樹は、そのことを承知で、レイヤの傍にいたのだ。
彼の幸せを考えていたから、いつでも身を引く覚悟は出来ていたはずだった。それなのに、いざ現実になったら、自分では気持ちをコントロールできなくなる。レイヤを離したくないと強く思ってしまうのだ。
「僕はどうしたらいいの?」
レイの記憶なんて戻らなければいい――そんな風に願ったことは、過去に何度もあった。その罰が今になって、玉樹に降りかかっているのだろうか。
「もう僕は、レイの傍にいたらいけないのかな」
涙が溢れ出て、零れ落ちた滴が丸めたメモを濡らす。
記憶が戻ってもレイヤは一緒にいてくれると、心のどこかで期待していた。だが、その願いが叶うことはないのかもしれない。
END