君と笑う明るい未来のために -01-
「レイ、おかえり」
「ただいま」
「遅かったね。食事は?」
「済ませてきた。博士、来てるのか?」
「うん。今は部屋に籠って仕事してると思う」
「そうか、今日は遅いから明日挨拶するよ」
「あ、お風呂沸いてるよ」
「ありがとう」
バスルームに向かう男の背中を見つめ、小さな溜め息を吐いた。
普段と変わりないように見えるが、明らかにレイの様子がおかしい。まるで出会った頃に戻ったようだ。
一条玉樹は、最近ずっとそのことについて考えていた。
レイとは、玉樹と同居している
一条レイヤのことだ。
兄弟という血の繋がりは一切なく、ある事情により、三年前からここで一緒に住んでいる。
玉樹の母は幼いころに亡くなり、科学者である父、
一条・レナード・フォーゲルは、仕事が忙しくてほとんどこの家には帰って来なかった。
だから、実質レイヤと二人暮らしといってもおかしくない。
家のことは、週に一、二回家政婦がやってきて、それ以外は自分たちでしていた。これといって不便に感じたことはない。
なるべく他人を家には入れたくなかったのだ。
レイヤがバスルームに行ったのを確認した玉樹は、彼の部屋の扉を開け、無断で入っていく。いつものことだ。
お互い隠し事はない。それを表すかのように、各自の部屋の出入りを許可していた。
さすがにレナードの部屋は、書斎としても使っているので鍵がかかっているが、レイヤと玉樹の部屋は自由に行き来していた。
しかし、ここしばらくは、玉樹もレイヤの部屋に入るのを躊躇していた。
普通に会話もするし、一緒に食事もする。なのに、なぜか彼の傍に行くのが怖いと感じていた。
何かされるという恐怖ではない。レイヤの異変が玉樹の勘違いでなければ、真実を突き付けられてしまうような気がしてならなかった。
その真実が何なのか、そんなものが本当にあるのか、それはわからないのだが、不安だけが募っていった。
玉樹は、部屋の中をゆっくり歩きながら辺りを見渡す。
彼の様子がおかしいその手掛かりが、ここにあるのではないかと探し求めていたのだ。
そんなものがここにないことは、玉樹にもわかっていた。
手掛かりがあるとしたら、普通は誰にも見つからない場所に隠しているに違いないからだ。
それでも探すのは、何も見つからなかった時に、自分の勘違いだと思うことができるからだろう。
安心が欲しい。確かなものが欲しい。今のレイヤが、自分の知っている彼であるという証拠が欲しい。ただそれだけのことなのだ。
ベッドに腰を掛け、玉樹は肩を落として俯いた。
レイヤを疑うようなことをしている自分に、いい加減嫌気が差してくる。
何かが変わったのであれば、きっとレイヤがきちんと伝えてくれる。
彼は絶対に嘘をつかない。裏切らない。信じていればいい。今までそうして来たように、これからもずっと――。
考えているうちに胸が苦しくなって、泣き叫びたくなった。
そんな時、部屋の扉が開き、レイヤが戻ってきた。玉樹の姿を確認した途端、少し呆れたように言う。
「玉樹、またここで寝るつもりか?」
そして、迷いもなく隣に腰掛けてくる。
「まだ髪が濡れてる。ちゃんと乾かしてないな。また風邪ひくぞ」
くしゃっと掴むように髪に触れてきた。
いつもの優しいレイヤの声。彼からシャンプーのいい香りが漂ってきた。
「大丈夫だよ。子ども扱いしないで」
こうやって話していると、普段と変わりないように思えた。本当の兄弟のように玉樹を心配してくれるのは、普段のレイヤそのものだった。
やはり、気にし過ぎなのだろうか。
「大学は慣れたか?」
「慣れたっていうか、何だかみんなレベル低くてね……」
つまらなさそうに答えれば、レイヤは心配するように穏やかな口調で言う。
「友人は作った方がいい。玉樹はそういうのが苦手かもしれないが」
レイヤの友人という言葉で、玉樹はある人物が思い浮かんだ。
大学で出会った、笑顔が優しくて人懐こい少年。自分とは正反対で誰からも好かれそうなタイプだ。彼は『カオル』と呼ばれていた。
思い出すだけで、やたらと胸がちくちくと痛んだ。
「レイは? レイの方こそ、大学はどうなの?」
思わず、食ってかかるような言い方になった。
「どうって、もう三年目だからこれといって変わらないよ」
「でも、最近何か違うよ」
「何が違う?」
そう問われてしまうと上手く説明できないから困る。 感覚でしかなかった。
「わかんない……わかんないけど、レイの様子がおかしいって感じる。何かあった?」
玉樹は、聞かないでおこうと思っていたことを我慢できずに口にしてしまった。
信じていればこんなことを口にすることはない。レイヤを信じていないと言っているようなものだった。
でも、心のもやもやはいつまで経っても晴れない。彼の口から確かな答えを聞きたかった。
レイヤは質問には答えず、前を向いてしばらく黙っていた。言い訳を探しているのか、彼の横顔からは全く表情が読めない。
沈黙が流れ、玉樹は焦った。
「ごめん……怒った?」
「怒ってないが、なぜそんな風に感じた?」
小さな溜め息を吐きながらこちらを向き、視線を合わせてきた。
その視線はいつもより冷たく、玉樹のことを探っているようにも思えた。
「……なんでだろう……」
自分でもわからないのだから、説明できるわけがなかった。それなのに、その理由を一生懸命探した。何か言わないと、気まずくなるような気がしたからだ。
隣にいる人物が、知らない人のように思えて不安になる。なぜ、こんなにも恐怖を覚えるのか。
ふと、レイヤの指が玉樹の顎に触れた。
何かと思えば、軽く持ち上げられ、唇に温かなものを感じる。
レイヤが唇を重ねてきたのだ。突然のことで玉樹は硬直した。
唇を離したレイヤが、静かに言った。
「こういうことがなかったからか?」
「え、え、違うよ!」
そんな否定の言葉は聞き流され、そのまま玉樹はベッドの上に押し倒される。そして、再び唇が押し当てられた。
「んっ……」
今度は唇が触れ合うだけじゃなく、舌が割って中に入ってきた。口内を掻き乱すように、激しく舌が蠢く。
久しぶりの感覚に眩暈がして、頭がぐらぐらしていた。
Tシャツは捲くられ、素肌に彼の指がゆっくりと這う。指の感触に身体がぴくりと跳ねた。
唇が離されてほっと息を吐けば、今度はTシャツを脱がされそうになる。
慌てた玉樹は、レイヤの腕を掴んだ。
「ま、待って。今日は、お父さんがいるからダメだよ」
レイヤの部屋からレナードの部屋は離れているとはいえ、同じ屋根の下、いつ気づかれてもおかしくない。こんなことがばれては大変なことだ。
レナードが家にいる時は、こういうことはしない約束だった。しかし、今のレイヤはそんなことはお構いなしだ。
「そのつもりで部屋に来たんじゃないのか? 大丈夫だ。玉樹が声を出さなければ、な」
そう言って無理やりTシャツを脱がしたあと、首筋から胸へと舌を這わしていく。
身体がびくびくと反応するが、玉樹は必死でレイヤの頭を押さえた。
「やだ、そんな気分になれないもん」
「そうか?」
レイヤは、頭を押さえている玉樹の腕をやんわりと掴んで押さえ、身体中に口付けを落としていく。
何とか気持ちが流されないようにしていたのに、胸の突起を口に含まれた時には、小さな甘い声と共に腰が浮いてしまった。
「ここは、しっかり反応してる。身体は正直だ」
「やめて……レイ……」
レイヤの手が下半身に伸びてきて、既に硬くなっている部分に手を添えてきた。指の感触に心を許しそうになったが、強い気持ちで拒絶する。
「だめ! 今日はしたくない」
レイヤの身体を押し返し、ベッドから降りようとした。
だが、すぐにレイヤに引き寄せられ、ベッドの上にうつ伏せに倒される。そして玉樹に覆い被さってきた。
「オレは、したい……」
耳元で甘く囁きながら、身体を抱き締めてくる。玉樹は一瞬抵抗する力を緩めてしまった。
その隙を突かれ、レイヤの手が再び下半身に伸びた。布越しにじっとりと焦らすように指でなぞってくる。
快感に身体が震えるのを感じた。
もう片方の手は脇から胸へと肌を擦り、最終的には胸の突起へと到達した。優しく転がすように、指の腹で弄ってくる。
「はぁっ……ぅん……」
気持ちいいと答えるように声が漏れた。
レイヤの愛撫を身体が覚えている。快感には逆らえない。
しかし、胸の突起はしつこいくらい弄るのに、下半身はいつまで経っても焦らすような触り方しかしてこなかった。
しっかり触ってほしくて、いつの間にか催促するように腰が揺れていた。
「これじゃ、足りないか?」
意地悪そうにレイヤが耳元で笑った。
下着と一緒にズボンを下ろされ、勃ち上がっていたそれを握ってくる。
「ああっ……!」
待ち望んでいた快感が訪れた。声を我慢することはできなかった。
「聞かれるぞ」
そう言われ、焦って口を両手で押さえた。
レナードのことが気になるなら止めて欲しい。玉樹はそう思っていたが、レイヤは続けた。
彼の手は、玉樹のいいところを探る様にリズミカルに動く。焦らすようにゆっくりと、時には激しく、強弱をつけて扱くのだ。それに合わせ、玉樹は自ら腰を動かしていた。
先ほどまでは拒絶していたのに、既に夢中になっている。
玉樹もレイヤと触れ合いたかったのだ。
ずっと不安に押し潰されそうになっていたが、背中越しに感じる温かな体温、彼の手の感触、それだけで安心を覚える。人は皆、単純なのだ。
快感に酔いしれながらも、すぐに射精感が高まってくるのがわかった。先端からも液が溢れ出てきていて、それをレイヤが親指で弄って刺激してくる。
「もう……いきそう……」
玉樹の切羽詰まった声に、レイヤは手の動きを止めた。
「まだいくなよ」
身体を起こしたレイヤは、珍しく暑くなったのか着ていたTシャツを脱ぎ捨て、ベッドの横にあった専用のジェルを手に取った。
玉樹は腰を上げさせられ、窪みにジェルを垂らされる。
「冷たっ……」
身を縮ませたが、玉樹の様子を気にしていないようで、強引に後ろの蕾に指を入れてきた。
「ううっ……ん……」
久しぶりの感覚だったから、気持ちがいいのか、そうじゃないのかわからなかった。
入っていた一本の指が中でじわりじわりと動いたあと、急かすように何本もの指が押し入れられる。
入り口を広げようとする動きが少し苦しくて、呻くような声を上げた。
すると、レイヤは体内から指を抜いてくれる。
止めてくれたのかと少しほっとしていれば、腰をぐいっと掴まれ、レイヤの硬くなったものが後ろに当てられたのを感じた。いつもより少し早いような気がした。
「待っ……」
レイヤの方を振り向こうと思った時には既に遅く、彼のものが容赦なく押し入ってきた。
「うあっ、あぁっ……!」
激しく押し広げられる衝撃と痛みに、目尻に涙が滲んだ。
大きな声が出てしまっていたが、向こうの部屋にまで聞こえるとかそんな心配をする余裕はなかった。
すぐにレイヤは腰を使って抜き差しを始めた。
「んぁっ……やぁ……」
突き上げては先端まで引き抜き、また奥深くまで貫く。 そして更には揺さぶる様に激しく突いてきた。
痺れるような感覚。快楽というより、苦痛の方が大きかった。
しばらくしていなかったからではない。普段のレイヤなら玉樹を気遣ってくれる。だが、今は違う。
「レイ……レイ……やだ……」
溢れてくる涙を零しながら懇願した。
「名前を呼ぶな、声を出したら気づかれる」
そんなことを言われても、こんなに激しくされては、声を出すなという方が無理なことである。
抗議したかったが、喋れば声が漏れてしまう。浅く呼吸だけをして、傷みが和らぐのを待った。
もう止めて欲しいと心の中で強く願った。でも、自分の意図とは反対に、身体が言うことを聞かない。
自身は硬く勃ち上がり、今にもはち切れそうで、後ろでは彼の昂りを咥え込んで離さなかった。
レイヤに包まれ、誰よりも傍にいる幸せな瞬間。それなのに、今はそんな風に感じられなかった。
まるで知らない男に抱かれているようで恐くなる。
レイヤが、近いようでものすごく遠い存在に思えた。