金色の風 瑠璃の星 * 番外編 *

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君と笑う明るい未来のために -02-

 玉樹が初めてレイヤと出会ったのは、忘れもしない三年前の十二月二十四日だ。
 リビングのテーブルの上に置かれた大きなチキンを目の前にして、玉樹は頬杖をつきながら、帰る約束もしていない父の帰りを待っていた。
 いつも一人で過ごすことが多い。だから慣れてはいたが、こういうイベントの日は普段感じない寂しさを実感してしまう。
 プレゼントが欲しいというわけでも、賑やかにパーティーをしたいというわけでもない。ただ、隣にいて欲しかった。
 でも、期待しても裏切られてばかり。今回も無理だろうと諦めかけていた頃、玄関の鍵の開く音が聞こえてくる。
「あ、帰ってきた!」
 玉樹は急いで玄関に駆け寄った。
 予想していた通り、そこには父のレナードがいたのだが、一緒に医師としてお世話になっているクリス・マイヤーもいる。
 更には、見知らぬ男性を二人が抱えていた。
 その男は意識がないのか、ぐったりと頭を垂らしているため、顔は見えない。
「……お父さん……」
 異様な雰囲気に不安になった玉樹は、震える声を上げて父に縋った。
「玉樹、大丈夫だ。静かにして待っていてくれ」
 レナードは、玉樹の頭を優しく撫でたあと、医師のクリスと一緒に奥の部屋へとその男を連れていった。
 何をするのか気になり、扉越しに耳を当ててみる。
 二人の話し声は聞こえるが、何を喋っているかまでは聞こえてこなかった。
 あの男性は一体何者なのか。レナードの仕事に関係していることなら、わざわざここに連れてくる必要はないはず。ということは、誰にも知られたくないことなのだ。
 聞きたくてもそれを口にしないことが、父に嫌われない一番の方法だと玉樹は知っていた。だから、何も言わないし、何も聞かない。聞きわけのいい子でいなくてはならない。
 諦めて扉から離れた玉樹は、リビングの席に戻った。
 クリスマスのために用意したチキンを人差し指で突いてみた。冷めてしまって少し硬くなっている。
 イベントなんて大嫌いだ。
 さっきまではお腹を空かせていたのに、玉樹の食欲は既になくなっていた。


 


 どのくらい経っただろうか。
 玉樹がテーブルの上で居眠りをしかけていたが、部屋からレナードとクリスが出てきて目を覚ます。
「どうしますか?」
「そうだな……」
 部屋から出てくるなり、深刻な表情をして二人はこそこそと話をしていた。
 聞いてはいけない内容なのかもしれない。
 そう直感した玉樹は、席を立ち、自分の部屋に戻ろうとした。
 すると、それに気づいたレナードが玉樹を呼ぶ。
「玉樹」
「はい」
 振り返れば、先ほどの表情とは打って変わって、いつもの穏やかな父の顔になっていた。
「玉樹にお願いがある」
「お願い?」
「詳しい説明はまたの機会にするが、今、奥の部屋で重症患者が寝ている。これから学校は冬休みだな? しばらく様子を見ていて欲しい」
「え? 僕が?」
「おじさん! それは危険です」
 玉樹が驚くと同時に、レナードの後ろにいたクリスが血相を変えて言った。だが、クリスの言葉は聞き流され、レナードは話を続ける。
「大切な患者だ。おまえにしか頼める人がいない」
 父のお願いに玉樹の心が少し弾む。自分が頼られていることに喜びを感じていたのだ。
 何でもできる優秀な父が、自分にお願いをしてくるのはとても珍しいことだった。
 しかし、次のレナードのセリフに身体が震えあがる。
「ただ少し危険な面もある。彼は意識が朦朧としているから、もしかしたら目覚めた時に、混乱して玉樹に危害を与えることもあるかもしれない」
「危害……」
「その時は、これで相手を撃ちなさい。撃ち方はわかるな?」
 レナードは玉樹の手を取り、一つの銃を渡した。
「そんな……!」
 驚いて声を上げるが、レナードは優しく微笑んでくる。
「正当防衛だ。何も心配することはない」
 ずっしりとした銃の重みを感じ、恐怖でいっぱいになる。銃を持つその手は震えていた。
 だが、玉樹の様子を気にも留めてないようで、淡々と説明していく。
「患者の容体も気になるから、一日に何度かクリスを来させるようにする。玉樹が一人の時に異変があれば、すぐに連絡を。銃は必ず身に付けておいて、いつでも使えるようにしておきなさい」
 一歩間違えれば命に関わることだ。それは玉樹だけじゃなく、入院をさせないその患者も同じ。そんな危ないことを任せるということは、信頼されている証拠。
 玉樹は恐怖でいっぱいになっていたが、それでもレナードの役に立ちたいという思いもあった。
 自分が本当に力になれるかわからない。ここで成果を見せれば、認めてもらえるかもしれない。
 決意した玉樹は、銃を握り締めて顔を上げる。
「お父さん、僕、頑張る!」
「ありがとう、玉樹。期待しているよ」
 レナードは更に柔らかく微笑んだ。
 自分の思い切った発言に、期待と不安が入り混じり、胸の鼓動が高鳴った。
 もう後戻りはできない。引き受けた以上、責任を持ってやるしかないのである。
「じゃあ、玉樹、私たちは戻らないといけないから、あとは頼むよ」
「え? 今日は泊まらないの?」
「すまない、仕事が立て込んでいてな。落ち着いたら、また一緒に食事をしよう」
「うん……」
 レナードが玄関に向かうと、クリスが玉樹の傍に寄り、何かを差し出してきた。
 それは、可愛らしい熊の形をしたキーホルダーだった。
「なにこれ、クリス……」
 意味不明な行動に玉樹は呆れてしまうが、クリスはにっと歯を見せて笑って言う。
「やるよ。何かこれ見た時、タマにそっくりだなと思って」
「熊っぽいってこと?」
「かわいいじゃねーか」
「そうかな……とりあえずもらっておく」
 あまり嬉しくはなかったが、クリスの褒め言葉なのだと思って受け入れることにした。
「それと……タマの父さん、今日がクリスマスイブだって忘れてたようだ。あとでプレゼント用意するって言ってたぞ。あっ、プレゼントはサンタクロースが持ってくるんだったな」
 まずいことを言ったという顔をして、クリスは頭を掻く。
「なにそれ、もう子どもじゃないんだからサンタなんて信じてないよ」
「まあ、イベントのことは忘れてたかもしれないけど、タマのことは忘れてない、心配するな」
「心配なんかしてないよ、余計なお世話! 早く行きなよ」
 心が見透かされているようで恥ずかしくなった玉樹は、帰れと言わんばかりにクリスの身体を押しやった。
「わかった、わかった、また夜中にでも様子を見にくる。じゃあな」
 玄関の扉が静かに閉まり、辺りが一気に静かになった。
 誰もいないなら、ずっといない方がいい。
 部屋に人がいて、その人がいなくなる時が一番孤独を感じるのだ。
「イブだって思い出したなら、今夜くらい一緒にいてくれたっていいのに……」
 ぼそりと呟いた言葉は、父には届かない。
 玉樹は、手に持っていた銃を見つめる。
 銃の使い方は、昔に教えてもらったことがあった。だけど、実際に使ったことはないし、こんなもので人を撃てるわけがなかった。
 レナードにとって大切な患者。それなのに、銃で撃っても構わないという。
 幼いころから父の考えは理解できないところもあったが、誰よりも尊敬している。
 今回もレナードの中で何か考えがあってのことだろう。期待に応えられるよう励むしかないのだ。
 男の姿を確認するために、奥の部屋の扉を開けてみる。恐る恐る中の様子を窺った。
 危害を与えられる可能性があると聞いたせいか、思いっきり構えていた。
 緊張で銃を持つ手に汗を握りながら、なるべく足音を立てずにベッドで眠るその男に近づいた。
 彼の姿を見た途端、驚いて息を飲む。
 先ほどは、顔を確認することができなかったから、どんな人物なのかよくわからなかった。
 レナードの知人だと思っていたから、そのぐらいの年齢なのかと勝手に判断していたのだが、そこに眠る男は若い青年だった。それでも、玉樹よりも三つ四つ上くらいだろうか。
 さらさらとした艶のある黒髪で、あちこち包帯が巻かれていてもきれいな顔立ちだというのがわかる。
 玉樹は持っている銃をサイドテーブルに置いた。
 自分でもなぜかはわからなかったが、彼の姿を見たら、さっきまでの恐怖が一切なくなっていたのだ。
 それよりも、今この家に誰かがいるということに喜びを感じてしまっていた。それは見知らぬ人物なのに、一人じゃないということがこんなにも安心できるとは。
 サンタクロースなんてものは信じてはいなかった。だが、この男が自分へのクリスマスプレゼントなのかもしれない。
そんなこと考えてしまい、思わず笑うのだった。







 それからしばらく、玉樹はその男の看病を続けた。
 看病といっても、水を含んだ布を口に当てたり、あとは様子を見守ったりするくらいで、大それたことはしていない。
 クリスが仕事の合間を縫っては、一日に何度も来てくれていたから、ほとんど彼に任せていた。
「クリスって、暇なの?」
「何言ってんだよ、これでも忙しい毎日なんだぜ。タマが寂しいと思って来てやってるんだ」
「僕は大丈夫だよ」
「それにしても、身体の回復は早いが意識が一向に戻らないな……」
 最初の頃よりもだいぶ包帯が外され、回復しているのを物語っていた。だが、今まで一度も目覚めることはなかった。
「どうしてなの?」
「わからないが……もしかしたらこのままってこともあり得るかもしれないな」
「そんな、助からないの?」
 切ない声を上げて身を乗り出した玉樹に、クリスは目を丸くした。
「何だよ、情が移っちゃったのか? どこの誰だかわからないんだからあんまり深入りするな」
「え……どこの誰だかわからないってどういうこと? お父さんの知り合いじゃないの?」
「おっと、喋りすぎた」
 玉樹から視線を外して、クリスは立ち上がった。
「クリス!」
「あとは、父さんに聞きな」
「何か知ってるんでしょ?」
「オレも詳しくは知らない。知りたいなら父さんに聞け」
「……聞けないの、わかってるくせに……」
「さて、次の仕事が入ってるからそろそろ行くかな」
 慌てて帰って行くクリスを見送りながら、玉樹は頬を膨らませ不貞腐れた。
「逃げたな……」
 部屋に戻っても、先ほどのクリスの言ったことが頭から離れなかった。
 どこの誰なのかわからないのに、レナードはどうして大切な患者だと言ったのだろう。
 何かを隠しているのは確かだ。そして、そのことに関わってしまった。
 父に関われることは嬉しい反面、深く追求したくなるから困る。
 なぜ、こんな怪我をしているのか。この男とレナードには、いったいどんな関係があるのか。自分の知らない父の秘密を知りたい。
 でも、その聞く術を持っていなかった。
 レナードに聞けば、彼は答えてくれるかもしれない。でも、言わないということは聞かれたくないのだ。
 それなら話してくれるまで待つだけ。
 父を困らせたくなかったし、嫌われたくもなかった。
 ベッドで眠るこの男も、何も知らずにいるのだろうか。ただ息をして、眠るだけで喋らない。
 レナードは、彼の目覚めを待っている。そして玉樹も。
 見知らぬ相手なのにも関わらず、このまま意識が戻らないで助からないのは嫌だと感じていた。
 クリスの言うとおり、情が移ってしまったのかもしれない。でも、それは自然の流れだ。いくら眠ったままとはいえ、一日で過ごす時間の中で、家族よりも彼と過ごす方が長いのだから。
 どうにかして助けたい。
 その強い思いが玉樹を突き動かす。
「そうだ、身体を拭いてあげよう」
 声を掛けたり、刺激を与えたりすると意識が戻るという話を聞いたことがあった。
 意識がなくても、声が聞こえ、刺激を感じるのだろう。
 温めの湯を用意した玉樹は、そこにタオルを浸し、よく絞った。
 まずは顔を傷つけないように優しく拭く。
 顔に傷痕が残らなくて良かった、と思わず男の整った顔立ちに見とれていた。
 顔を拭き終わると、今度は少し頭を持ち上げ、うなじから肩口、鎖骨を丁寧に拭いていく。彼が早く目覚めてくれるように祈りながら。
 男は、細身ではあるが筋肉質な身体つきで、よく鍛えられているというのがわかった。何かスポーツでもやっていたのだろうか。
 次に腕を拭こうとベッドの上に乗ると、壁との隙間に紙袋があるのを発見する。
「何かな」
 紙袋を持ち上げ、一度ベッドから降りて中身を確認してみた。
 中には服のようなものが入っていて、出して広げてみれば、それは血で汚れた上着だった。彼の持ち物なのだろう。ひどい怪我だったのを想像させる。
 そして上着から微かな香りが漂った。香水なのか匂いが染みついている。
「これ……洗ったら落ちないかな……」
 既に乾いてしまっている血のついた箇所を擦った。ポケットの中に何かが入っているのが、布の上からわかった。
 玉樹は、手を入れて取り出してみた。
 それは、ペンダントのようで、チェーンの先に何かが付いている。リングだろうか、それにも血がべっとりとついていた。
 こんなにも血がついているということは、怪我をした時には首から下げていた可能性が高い。
 大事なものなのかもしれない。
 ペンダントの血を拭き取るために、力を入れて必死になった。ついた血液は、なかなかすぐには取れるものではない。それでも、汚れはあまりきれいには落ちなかったが、そこに何かが記されているのが見えた。
 Dear Reiya そして、From Kaoru の文字だ。
「レイヤ……カオル……もしかして、彼女からのプレゼント……?」
 急に鼓動が激しくなり、頬が熱くなったような気がした。
 勝手に見てしまったことに罪悪感を覚え、焦ってレイヤの枕元に置く。
「僕は何も見てない。何も見てないよ」
 そう唱えながら、ベッドの上の男に背を向ける。
 カオル――それは恋人の名前なのかはわからないが、この男の大切な人だというのを感じた。
 その大切な人からの贈り物を身に付けていたとなれば、彼が悪い人ではないということもわかる。
 玉樹は、嬉しさのあまり浮かれるように落ち着きをなくしていた。
 一番の理由は、彼の名前を知ることができたからだ。
「君は、レイヤっていうんだね」
 少しだけ、見知らぬ男性から知り合いになったみたいで、距離が近づいたように思えたのだ。



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