アイドル天使 ユキ*ハル * 番外編 *
ずっと傍にいられるって信じてた <1>
「子どもができた」
隣で横になっている恋人が、そう呟いた。ベッドの上で、うつらうつら眠りに落ちそうになっていたが、一気に目が覚める内容だ。自分は男で、相手も男。二人の間に子どもができるはずもなく。だったら、誰の子どもなのか。
新堂倖弥は、身体を反転させ、彼と視線を交差させた。恋人はこちらをまっすぐと見据えながら、悪びれた様子を見せずにあっさり言う。
「桃香だよ。まさかできるとは思わなかった」
恋人の鳴海聖二は、絶大な人気を誇るバンドL'AILE NOIREのメンバーだ。ベースを担当し、バンドのリーダーとして作詞、作曲はもちろん、全ての楽曲のプロデュースを手掛けている。倖弥もそのバンドの一員で、ボーカルを務めていた。
聖二とは学生の頃に知り合い、バンドのメンバー、そして恋人としてずっと付き合ってきた。
長身でスタイルのいい彼は、目鼻立ちのはっきりとした美形の持ち主。女性からモテるため、倖弥以外にも恋人は何人もいた。
倖弥は男性が好きな根っからのゲイだったが、聖二は違う。彼が男を相手するのは倖弥だけだ。だから、他に女性の恋人がいても、強く言えずにいた。
「桃香……?」
女性の名前を言われてもピンとこなかった。
聖二はいろんな女性と付き合っているため、現在の恋人が、どこの誰でどんな人なのかをいちいち把握していない。それに、自分以外に恋人がいても仕方がないと割り切っていたとしても、彼が愛する女性のことを考えたくもなかった。
「うちの事務所の社長の娘だよ」
「……ああ」
不意に思い出す。レイル・ノワールが所属している事務所の社長の娘が、うちのバンドの大ファンだと言っていた。
倖弥はその娘に面識がなかったが、聖二は度々社長を含めて食事に行ったと聞いていた。たぶんその後、二人は仲良くなり、深い関係になったのだろう。
「オレの子どもだから、期待できるだろ?」
得意気に聖二は鼻で笑った。
「子ども欲しいって言ってたもんね」
「ああ、彼女とは籍だけ入れて、式は挙げないということで話はついた」
「……そうなんだ」
淡々と話す聖二。重大な内容だと思っているのは自分だけなのかと錯覚を起こしそうになった。聖二にとって、妊娠も結婚も大事なことではないのだろうか。ましてや、倖弥は聖二の恋人だというのに、こんなにもあっさり打ち明けられては、深く考えている自分がおかしいとさえ思える。
倖弥の存在も、聖二の中では大きなものではないのかもしれない。
結婚しないで――。
喉まで出かかった言葉を必死に飲み込んだ。言えるわけがなかった。彼の人生を壊すことになる。そんなこと言う権利はない。
倖弥は、聖二の子どもを産むことはできない。彼と子どもをつくって、温かい家庭を育むことは到底無理な話なのだ。
初めからわかっていた。聖二と恋人同士でいたとしても、いつかこんな日がくるということは。
「ショックか?」
聖二が、宥めるように優しく頭を撫でてきた。倖弥は慌てて答える。
「大丈夫」
その声は上擦っていて、とても大丈夫には聞こえなかった。聖二も気づいたらしく、倖弥の身体をそっと抱き寄せる。
「愛してるのは、おまえだけだよ」
耳元で聖二の甘い声が響いた。倖弥も彼に頬を寄せて、何度も頷く。聖二に触れられた途端、身体が熱を持ち始めたのがわかった。
「聖二、もう一度抱いて……」
擦りつけるように腰を動かして身体を密着させれば、聖二が耳元に唇を這わせながら微かに笑う。
「おまえからねだるなんて珍しいな。いいよ、思う存分抱いてやる」
好きな人が自分を好きになってくれる。それだけで、倖弥は満足だったのだ。
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