好き、絶対にありえない

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  好き、絶対にありえない 02  


「コウちゃんとやっぱり付き合っていきたいな。無理かな……」
 客のいない店内に、不意にぽつりと呟いた敦貴の声が響いた。
 皇祐と別れる方向で考えていた敦貴だったが、リオと話をしたせいで、また振り出しに戻ってしまったのだ。
 敦貴から聞いたところによれば、リオは、パフェだけじゃなく、パスタもおごってくれて、すごくいい人だと喜んでいた。
 食事をおごってくれるだけで、いい人に認定するのは早すぎると感じた。これでは、いつか事件に巻き込まれるんじゃないかと心配になる。
 だが、今一番心配なのは、敦貴が恋人との付き合いを継続させようとしていることだ。
 リオさえ現れなければ、敦貴は恋人の皇祐と別れられたというのに。潤一にとってリオは、やはり運命の相手ではなく、ただの邪魔な人物だったのかもしれない。
 潤一は、もう二度と、敦貴が悩み傷つく姿を見たくなかった。のんきで、あまり深く考えないのが彼の長所なのだ。無邪気な笑顔でいる敦貴をいつも見ることができたら、それだけでほっと心が落ち着く。
「ねー、潤ちゃん、どう思う?」
 器を片づけながら、こちらに視線を向けてきた。作業の手を止めて、潤一は答える。
「敦貴が我慢すればいいんじゃないか? コウスケくんが、いろんな男と関係を持っていても、気にしなければいいだけのことだろ」
「そんなことできるわけないじゃん!」
 きっと睨むような目つきで、潤一を見てくる。思わず、ため息を吐いてしまった。
「それなら答えが出てるじゃないか。コウスケくんと付き合っていくのは無理だってことだろ。簡単じゃないか」
「……それでも、好きなんだもん」
 敦貴が女性と付き合っていた時は、こんなにも相手のことを強く想っていなかった。別れを決めた時も、別れてしまった後も、いつもあっさりしていた。
 それなのに、どうしてそんなにも彼を想うのだろうか。幸せになれる未来は、どこにもないというのに。
「好きだからって、必ずしも付き合って行けるとは限らない。オレは諦めた方が、二人のためにはいいと思うよ」
「潤ちゃんひどい!」
 敦貴は、ぷうっと膨れっ面を見せたが、潤一はいたって真面目だった。
「借金を返すのを手伝うっていうのも、オレはどうかと思うよ」
 恋人の仕事を辞めさせるために、代わりに敦貴が借金を返すと言った。
 楽観的に考えるのは、敦貴のいいところではあるが、金が関係しているなら、また話は変わってくる。これは、もう少しきちんと考えなくてはいけない問題だと思った。
「潤ちゃんは、大好きな人が困ってたら、助けてあげたいって思わないの?」
 敦貴はムキになって答えた。
「金が絡むと人は変わる。オレは避けたいね。それに、結婚相手でもないのに、そんなことできるか?」
「けっこん?」
 不思議そうに小首を傾げた敦貴に、笑って言った。
「ああ、男同士だから、結婚はできないけどね」
 だけど、敦貴は急に、声を高らかに叫んだ。
「潤ちゃん! オレ、結婚する!」
 潤一は、呆れるようなため息を吐き、肩を竦めた。
「だから、男同士は」
「コウちゃんと結婚するよ!」
 敦貴の瞳はきらきらと輝いていて、とても冗談を言っているようには思えなかった。
「本気で、言ってるのか?」
「うん! プロポーズする。何て言えばいいかな?」
 敦貴は無邪気な笑顔で、わくわく期待するような目をしていた。
「コウスケくん、承諾するか?」
 潤一の言葉に、途端に、がっくりと肩を落とす。
「……それなんだよね。けっこう頑固だからさ、オレの言うこと全然聞いてくれないんだもん」
「よし! 敦貴がコウスケくんに断られる方に、一万円を賭けよう」
「もう、止めてよ。絶対にオッケーもらうんだから。それに、ダメな時のために、奥の手も用意してあるんだから。その時は、潤ちゃん、ごめんね?」
「……なぜ、オレに謝るんだ?」
 潤一は、敦貴のよくわからない思惑に、少しぞっとするのだった。





「もう、出ないよー潤ちゃん!」
 子どものように、敦貴は大声で喚き散らした。
「諦めろ、アツキ……」
「やーだー」
 叫びながら、悔しそうに地団駄を踏んだ。
 プロポーズ作戦を考えた敦貴だったが、今はまだ指輪を買うことはできないから、オモチャの指輪を用意することにしたのだ。しかし、その指輪がなかなか手に入らない。
 潤一と敦貴は、玩具屋に並ぶ小型自動販売機の前にいた。指輪の入ったプラスチックカプセルを何個も抱えながら。
「何色でも変わらないだろ……」
 先ほどから、小さな子どもたちに不審な目で見られているのが、潤一には耐えがたく、そわそわする。
「ダイヤじゃないとダメだし」
「ダイヤじゃないよ、オモチャなんだから。赤とか青とかの方がかっこいいだろ……」
 潤一は、プラスチックカプセルを手に取って見つめながら、適当に答えた。だが、敦貴は透明の石がついたものじゃないとダメだと嘆く。
 ダイヤモンドみたいな透明の石がついた指輪は、オモチャでもシークレット扱いだったから、数が少ないらしく、自動販売機を何度回しても出てこない。
「潤ちゃん、小銭ない。両替してきてー」
「おまえ、オレを使うのか……」
 文句を言いながらも、潤一は、可愛い弟子のために両替しに行く。傍にいた子どもたちは、潤一が歩き始めた途端、泣きそうになっていた。
 これでもかというくらい両替したあと、潤一は敦貴の元に戻った。彼は、自動販売機に頭をくっつけて、かなり落ち込んでいる様子だ。
「ほら、オレも手伝うから、元気出せ」
 肩をぽんと励ますように叩いて、優しく声をかけた。振り向いた敦貴は、頬を染めて口元を緩ませる。
「潤ちゃん、見て! ダイヤの指輪だよ」
「あっ……」
 プラスチックカプセルを開けると、中には透明の石がついた指輪が入っている。やっと、お目当てのシークレットが出たのだ。オモチャのはずなのに、それはダイヤモンドのように光り輝いて見えた。思わず、感動しかけた自分に驚く。
「良かったな、アツキ」
「うん! これでコウちゃんにプロポーズできるよ」
 すごく幸せそうに笑うから、思わず吹き出してしまう。まだ、OKをもらったわけでもないのに。
 うまくいく保証はどこにもない。それでも敦貴は、明るい未来を信じているのだ。
「じゃあ、オレ、コウちゃんのところ行くね」
「これは、どうする気だ?」
 たくさんの余ったプラスチックカプセルを持たされていた潤一は、困っていた。
「ああ、それ、潤ちゃんにあげるよ」
「こんなの、いるか!」
「潤ちゃんの大好きな彼女たちにプレゼントすればいいんじゃない? きっと喜ぶよ」
 敦貴は、潤一が関係を持っている女性たちのことを指して言ったのだろう。それなのに、潤一の頭には、リオの顔が浮かぶものだから、鼓動が飛び跳ねた。
 頭を振って、リオの姿を頭の中から排除する。
「彼女たちは喜ばないよ。それにオレは、大切な女性ひと には、本物のダイヤの指輪を渡すから」
 かっこよく決めたつもりだったが、敦貴は納得しない顔をし、残念そうな声を出す。
「潤ちゃん、ダイヤの指輪もいいけどさ、一番は気持ちを伝えるのが大事じゃない?」
 もっともなことを敦貴から言われて、少し腹が立ってしまった。
「生意気言うな」
「ごめーん。だけど、何か潤ちゃんって、かわいそうなんだもん」
 潤一は、胸に痛みが走ったような気がした。
 かわいそうってなんだ。女性にモテモテで、いつだって相手がいる。寂しい思いなんてしたことがない。それのどこが、かわいそうだと言うのだろう。
 だけど、一人のことだけを想って、ここまでする敦貴のことは、少し羨ましく思えた。





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