夕食の後、コーヒーを淹れて、矢神の隣で過ごす。たいしたことではないのかもしれないが、遠野にとっては一番の幸せな時間だった。
その日も、ソファに座る矢神の隣に座り、一緒になってテレビを見ていた。すると、矢神が嬉しそうに声を上げる。
「あ、この子、可愛いんだよな」
二人で生活することに慣れてきたからなのか、矢神はこういうことを平気で言うようになった。今までは自分のことは一切言わなかったのに、すごい進歩だった。
画面に映っているのは、最近よくテレビで見るタレントで、笑顔が可愛らしく、小柄で清純そうな女性だ。矢神のタイプが手に取るようにわかった。だが、一つだけ納得がいかない。
聞くのもどうかと思ったが、矢神自身が話題に出してきたので、遠野は思い切って尋ねてみることにした。
「彼女、大きくないですよね」
「背低い方が可愛いだろ。おまえは背が高いから、物足りないかもしれないけど」
気に障ったらしく、矢神は不満げな表情をした。だが、遠野が言いたかったのはそういうことではなかった。勘違いしているようなので、仕方がなくはっきり言う。
「そうじゃなくて、胸が」
「は? 何、おまえ、おっぱい大きい方が好きなの?」
「オレ、女性は別に……矢神さん、大きい方が好きなんですよね?」
「何で、オレなんだよ!」
ここまで言っても矢神は認めない。とぼけられて、あまりいい気分がしなかった。怒られることを覚悟して、遠野は白状することにした。
「見ちゃったんです、部屋で」
「何を?」
「巨乳特集のグラビア雑誌……」
「グラビア?」
矢神は遠野の言っていることがわかっていないようで、首を傾げた。しばらく黙って考えている様子だったが、その後すぐに何か思い出したような表情を見せる。そして、呆れたように口を開いた。
「あれは、オレのじゃないぞ」
「言い訳しなくても……巨乳好きでもいいじゃないですか」
嫌味っぽい言い方になってしまった。だけど、仕方がない。こんなにも往生際の悪い人だとは思わなかったのだ。そこまでして知られたくないのかと腹立たしくさえ感じてしまう。
「言い訳じゃねーよ。この間、外の見回り中に生徒から没収したものだ。鞄の中入れ替える時に、部屋に置きっぱなしになってただけ」
「え? そうなんですか?」
「そうだよ。別にオレは、こだわりとかないし。小さくても……ていうか、おまえ、勝手に部屋入るなって言っただろ!」
「胸、なくてもいいんですか?」
興奮のあまり、身を乗り出して聞いてしまった。
「ああ、うん……」
遠野の剣幕に圧倒されたらしく、部屋に入ったことを怒るどころか、ソファの上で後ずさりしていた。
矢神が巨乳好きじゃなくて良かった。遠野は心からホッとする。
自分のことを矢神が好きになってくれるなんて思っていない。それでも、もし間違いで恋人同士になった時、彼が巨乳好きであれば、女性のようなやわらかい胸を持ち合わせていない遠野は、矢神を満足させることができない。そのことが心配だった。
だが、こだわりがないと知った今、希望に満ち溢れていた。矢神を気持ち良くさせる自信があるのだ。
あれもしてあげたい、これも好きかな。妄想は膨らむばかり。
矢神の恋人になる確率がゼロに近いのは百も承知している。それなのにあらゆることを想像してしまうのは、性格なのでどうしようもならない。とにかく嬉しくて、頬が緩んでいた。
「何で、ニヤニヤしてんだよ。きもちわりい……」
離れろと言わんばかりに、蹴るようにグイグイと足で押された。
「えへへへ、気持ち悪いですか?」
足蹴にされても、それすら心地いいと感じる。矢神に何を言われても、何をされても、笑顔になれた。今は安心していられる。それほどまでに気になっていたことだったからだ。
矢神と同性という時点で諦めるべきなのだろう。それでも、彼の好みに少しでも近づけますように、と遠野は願わずにはいられなかった。
END
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