触れてしまえば、もう二度と
プロローグ
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「矢神さん、しっかりしてください。ホテルに着きましたよ」
「ん……」
男は、酷く酔っていた。意識は朦朧としている。
酒に強い方ではないのに、いつもよりも多くアルコールを摂取したからだ。
おぼつかない足取りで、一人の男に支えてもらいながら歩く。
酔っている男は、矢神史人《やがみあやと》、二八歳。
その矢神を支えているのは、バーで声を掛けてきた一人の男だった。
声を掛けたと言っても、男がバーに現れた時には既に酔い潰れていたのだが。
矢神は普段から真面目な男で、人の迷惑になることを嫌うタイプだった。だから、こんな風に人の世話になるというのは珍しいことだ。
これには理由があった。
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