アイドル天使ユキ*ハル
同人誌『アイドル天使ユキ*ハル』より一部掲載
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自分より随分年の離れた青年とユニット組まされ、どう考えても続けられる自信がなかった。
ましてや、金髪にしてこいという強引な命令。
社長は、倖弥のことを気に入ってないのだろう。
わからないでもない。自分が売れないと思った相手を快く引き受ける人はなかなかいるものじゃない。
ましてや、宇都宮プロダクションの社長は、自分の気に入った相手にはとことん甘いが、使い物にならない相手は即座に切り捨てるともっぱらの噂だ。
金井に紹介してもらって有難い話ではあったが、断った方がいいのではないか。
一晩ぐるぐると悩み続けた。
だけど倖弥は、歌うということを諦めきれなかった。
断れば、もう二度と歌える場所を見つけることができないかもしれないのだ。
翌日、夕方には社長の時間が取れるということで、事務所に顔を出した。
宇都宮は、茶髪の倖弥に渋顔だった。
「金髪って言わなかったか?」
「これが精一杯で……」
どうしても金髪にする勇気がなかった。だから茶髪、その中でもだいぶ明るい色を選んだつもりではあった。
「ユキヤにしたら、思い切った行動ですよ! だいぶ明るくなりましたよね」
金井が倖弥の隣で一生懸命フォローする。
「私は、金髪にしろって言ったんだ」
険しい表情のまま腕組みをした宇都宮は、苛立つようにため息までついた。重たい空気が流れる。
これは金髪にしないと、話が進んでいかないだろうか。
やっと歌える場所ができたというのに、それさえも手放すことになり兼ねない。
倖弥が覚悟を決めようとしたその時、調子のいい声が部屋に響き渡る。
「おはようございまーす」
社長の部屋にノックもなしに入ってきたのは、倖弥とユニットを組むことになったハルだった。
ハルの姿を見た途端、みんな息を呑んだ。
「どう? オレって何でも似合うと思わない?」
自信満々な態度で左手を腰に当て、右手は自分の髪に触れる。
昨日までは、どこにいても目立つ金髪だったハルの髪が、真っ黒になっていた。
「ハル! おまえ、何勝手なことしてるんだ!」
第一声を上げたのは、宇都宮だった。慌てるように席から立ち上がり、声を張り上げる。
「えー、だってさ、二人で組むことになったらバランス悪いんだろ? ユキヤさんは金髪嫌だって言ってたから、それなら俺が黒髪にすればバッチリじゃん。って、あれ? ユキヤさん、髪の色明るくしたの?」
「ドラマの撮影あるだろ! どうするんだ!」
「この間、終わったよ」
怒りに震える宇都宮に対して、ハルは全く動じていない。
「撮り直しがあるかもしれないって言われたのを忘れたのか?」
「そうだっけ? 何とかなるって」
「ホント、おまえってやつは……」
呆れた宇都宮は、机の上に手をついて肩を落とす。
「黒髪と茶髪なら悪くないじゃん。これでいこうよ」
馴れ馴れしく倖弥と肩を組み、いいよねっと同意を求められた。
倖弥が黙っていれば、諦めた宇都宮が表情を和らげた。
「ドラマの取り直しがあったら金髪に戻すんだぞ。いいな」
「わかったって」
普段から社長の宇都宮の方が、ハルに振り回されているようだ。それが伝わってくる。
そんな相手と倖弥はこれから一緒に活動しなくてはいけない。先行き不安だった。
ハルは、いつまでも肩を組んだままでいるので、さりげなく腕を外して距離を置いた。
「さて、おまえたちのグループ名だが、『ユキとハル』で行く」
「なにそれ、単純すぎない?」
その意見には、倖弥も同意だった。社長の投げやりにも思えた。
「単純がいいんだ。一番覚えやすい。しかもユニット名と名前を同時に覚えてもらえる」
「なるほどね、さすがウーさん」
「ユキヤクンには、これをあげるから全部聞いて勉強してもらいたい」
宇都宮が棚からたくさんのCDを持ってきた。
「あ、シャッツのCDじゃん」
「イメージを掴んでもらう。今までユキヤクンが歌っていたものとは違ってくるはずだからな。じゃあ私は打ち合わせがあるからそろそろ失礼するよ。金井クン、あとは頼んだ」
「わかりました」
何十枚もあるCDを持った倖弥は、その重さに堪えきれなくなりそうだった。本当にCDが重いわけではなく、のしかかる運命に押し潰されるような気がしたのだ。
「ユキちゃん、大丈夫ですか? 今日はもう帰られますが」
すかさず金井は、倖弥の様子に気づいたらしく、声をかけてくる。
「あ、うん、ちょっと圧倒されちゃって。帰ってゆっくりCD聴くよ」
「ハルさんのこれからの予定は……」
金井が手帳を確認していると、ハルが覗き込むようにして言う。
「マネージャー、さん付けって気持ち悪いからハルでいいよ」
そして、子どものように両手をあげて万歳する。
「オレ、今日はもう仕事ないから、おーわーりー」
倖弥は、金井の様子にあることが気になった。
「金井くん、もしかして僕たちのマネージャーになるの?」
「はい、またお世話になります」
「こちらこそよろしく」
何もわからない状況で、知らない人ばかりの環境は辛すぎる。傍に金井がいてくれたら少しは安心だ。
そう安堵して胸をなでおろした。
「じゃあ、二人ともお疲れ様です」
「金井くんもお疲れ様」
「おつかれさまー。ねえ、ねえ、ユキヤさん」
さっさと帰ろうと準備をしていれば、ハルに声をかけられてしまう。
「……何?」
「ユキヤさんって一人暮らし?」
「そうだけど……」
「じゃあ、今夜泊めて。オレ、ずっと事務所に泊まってるんだけど、あのソファ硬くて身体痛くなるんだよね」
ハルは腰に両手を当てて伸びをしながら、身体中の関節の音を鳴らした。
「家は?」
「前はグループの子と一緒に住んでたけど、脱退したから居づらくてさ、出てきたんだ」
「それで、どうして僕のところに?」
「これからは一緒に活動していくんだから、いいでしょ?」
「良くない!」
仕事以外でこれ以上関わりたくなかった。
そもそも、倖弥は年下が苦手だった。同年代や年上の人たちとばかり仕事をしていたせいなのだろうか。どう接していいのかわからないのだ。
「ホテルでも予約しましょうか?」
困っている倖弥を見兼ねてか、金井が助け舟を出してくれた。だが、ハルはあっさり言う。
「ホテル嫌いなんだ、オレ」
「そうですか……」
あっけなく撃沈だった。
「ねー、いいじゃん。泊めてよー。今夜だけー、ねーってばー」
帰ろうとする倖弥の腕を掴んで喚く。ただの駄々っ子にしか見えない。
だから、年下は嫌なんだ。
少し苛つきながらも今後の活動のことを考えた。些細なことでわだかまりができても困る。
今回は妥協することにした。
「……わかった、今夜だけだよ」
「やったー」
倖弥の様子には全く気づいていないようで、ハルは素直に喜んでいたのだった。
「案外、狭いんだね」
倖弥の部屋に入るなり、ハルが文句を言った。
「嫌なら事務所に泊まったら?」
「そんなに怒んないでよ。だって、人気バンドのボーカルって聞いたら、普通は豪邸を想像するじゃん」
「豪邸なんか住めないよ」
倖弥の住まいは1LDKのマンションで、ほとんど寝るためだけに帰っているような家だった。
だが、バンドを辞めた今、違う生活が待っているのだろう。これまでのように、毎日仕事がある状態にはならない。
どちらにしても、豪邸には住めないのだ。
でも、もし豪邸が手に入るんだとしたら、倖弥はそこに住みたいと思うだろうか。
答えはノーだ。家は小さくてもいい。愛する人と一緒に住めるのならそれだけで幸せだと考えていた。
「このソファいいね」
ハルは床に荷物を乱雑に置き、どっかりとソファに座った。リモコンでテレビの電源を入れてくつろぐ。まるで自分の家のようだ。
荷物を部屋の角にまとめた倖弥は、ソファの横に立つ。
何となく一緒のソファに座りたくなかったのだ。
「君って、いくつなの?」
気になってはいたが、なかなか切り出すことができなかった質問を投げかけた。
年下なのはわかっていたが、いくつ離れているのか知るのが少し怖い気もしたのだ。
「二十二だよ」
「二……そう……」
一回りも離れているとは想像していなかったから、倖弥は愕然とする。
「ユキヤさんは?」
「僕は……三十四……」
「けっこういってるんだ、見えないね」
倖弥は童顔なのか、年相応に見えないのは自覚していた。それにしても、二十二歳の青年とユニットを組むのは無理があり過ぎる。
軽いノリのハルの言動が、倖弥の逆鱗に触れたようだった。
「そうだよ、オッサンだよ、何で君は僕と組みたいなんて言ったわけ?」
噛みつくような倖弥の言い方に少し圧倒されたのか、ハルは目を見張る。
「……声が好きだって、言ったじゃん」
「だからってオッサンと組むことないよね?」
「だって、そんなにいってると思わなかったもん」
「じゃあ辞めよう。同年代の子と組んだ方がいい」
「どうして?」
「だから、オッサンだって……」
「気にすることないよ、あ、この子、好きなんだよねー」
話の途中で、ハルはテレビに夢中になり始めた。
たぶん、このまま話を続けても平行線のままだろう。やはりこんなに年齢が離れていれば、会話も成り立たないのだ。
放っておいて自分の時間を楽しもう。
そう思い直してハルから離れようとすれば、服の裾をくいくいと引っ張られる。
「ねえ、ねえ、ユキヤさん、腹減った」
――僕は君の母親じゃないぞ。
そんな怒りをぶつけそうになりながらも、自分も小腹が空いたことに気づく。
「何もないけど、ホットケーキでも作ろうか」
「ホットケーキ? 作れるの?」
「市販のホットケーキの素《もと》で作るだけだよ。好きだからよく自分で作るんだ」
「へえー、すごいね、ユキヤさん」
たいしたことではないとわかっていても、褒められると案外嬉しいものだ。
ハルがテレビを見ながらソファでくつろいでいる間、倖弥は張りきってホットケーキを焼く。何だか上手いように使われているようにも思えたが、そんなことを気にしていたらきりがない。
焼き上がったホットケーキにバターを乗せて、相変わらずテレビに夢中になっているハルの目の前に出した。
「どうぞ」
「わあ、すごい、二段になってる」
目を輝かせて喜ぶ姿は、小さな子どものようだった。
「そんな珍しいものかな。幼いころ、母親が作ってくれなかった?」
「うーん、どうだったかな?」
ハルは首を傾げながら、倖弥の言葉を軽く受け流した。そして、ナイフも出して上げたのに、ホットケーキをカットせず、そのままフォークを突き刺して豪快に食らいついた。何とも男らしい。
「美味いね、これ。もうないの?」
一気に食べてしまったハルは、空になった皿を倖弥に差し出した。
「まだ焼こうか」
「うん」
ホットケーキの素のストックを出して、準備を始める。いつもは自分のためだけで、人に作るのは初めてだ。とても新鮮に思えた。
ただのホットケーキなのに、すごく美味しそうに食べるハルに、倖弥は嬉しくなってしまったのだ。
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