アイドル天使 ユキ*ハル * 番外編 *

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  ずっと傍にいられるって信じてた <5>  

 それからは、歌うことだけに集中するよう心がけた。意識しないと、すぐに違うことを考えてしまう。
 メンバーに迷惑をかけないために、聖二に呆れられないように、プロとして活動している以上、半端な気持ちではいけない。
「あの、聖二さん……」
 スタジオでみんなが休憩中、金井が申し訳なさそうに聖二に声をかけた。
「何かあった?」
 休憩中なのだから、話しかけても問題ないはずなのに、なぜか金井は、言い難そうに口ごもる。その態度が聖二の機嫌を損ねたのだろう。
「はっきり言ってくれないかな」
 苛立ちが口調に出ていた。金井は、ちらっと倖弥を見た後、ためらいがちに言葉にする。
「えっと、奥さまが……来てまして」
「は?」
「桃香さんが、お子様を連れて、皆さんに会いに来られました」
 その名前を聞いた途端、倖弥の胸に締め付けられるほどの痛みが走った。会うことのないはずの彼女が、この近くにいる。
「あいつ、来るなって言ったのに。どこにいる」
「ロビーで待ってます」
 不服そうな顔をした聖二は、すぐに金井と一緒にその場を後にした。
 倖弥は衝撃的な出来事に、動揺を隠すことができずにいた。落ち着こうと思っても、身体が震え出す。
 そんな倖弥の様子に気づかなかったのか、トシは軽い調子で言う。
「聖二の赤ちゃん見たい。オレたちも行こうよ」
 俊平が横からトシに蹴りを入れた。
「空気読め!」
「……あ、ごめん。ユキちゃん」
 一気に落ち込むトシに、倖弥は申し訳ない気持ちになった。トシは何も悪いことをしていない。
 バンドのメンバーである聖二の子どもを見たいと思うのはあたりまえのこと。それができないのは、倖弥を気遣っているから。聖二が結婚報告をした時と全く同じだった。またしてもメンバーに迷惑をかけている。倖弥さえ我慢すれば、全てが丸く納まるのだ。
「会いに行こう」
 倖弥の決死の言葉に、トシも俊平も驚愕する。
「だって、ユキちゃん……」
「本気なのか?」
「僕たちが聖二の子どもに会わないのは不自然だよ。僕は大丈夫だから」
 しばらくの間、トシと俊平は迷っていたが、倖弥の説得により渋々承諾する。
 三人でロビーに降りて行けば、そこには聖二と金井、そして子どもを抱いた女性がいた。
 初めて見る聖二の奥さんは、想像としていた人物とは全く違った。小さくて可愛らしい女性だ。
 倖弥が知る限り、聖二が付き合っていた女性は、モデルみたいな長身の美人系が多かった。奥さんにするのは、やはり違うタイプの女性を選ぶものなのだろうか。
「ユキ……」
 聖二は、倖弥の姿を見るなり眉をしかめた。その聖二の言葉に反応した彼女が、こちらに視線を向ける。
「ユキさん?」
 子どもを抱いたまま、倖弥の元へ駆け寄ってきた。
「はじめまして、聖二の妻の桃香です。ユキさんのお話は、いつも夫から聞いてます。こちらは、冬(とう)真(ま)です」
 抱いていた子どもを倖弥に見せながら、頬を染めてふわふわと笑う。それは花のような笑顔だった。
「はじめまして、倖弥です……」
 その後の言葉を繋げることができない。何を言っても、口から出た言葉が全て嘘のように思えて喋られなかった。
「桃香、もういいだろ」
 不機嫌そうに聖二が言っても、彼女はそこから動こうとしない。
「ユキさん、お願いがあります」
 期待するような目で、じっと見つめてきた。
「はい」
「赤ちゃん、抱いてもらってもいいですか?」
「え……?」
「ユキさんに抱いてもらったら、この子、幸せになれるような気がして。お願いします」
「無理なこと言うな、桃香」
 倖弥と自分の妻が会うことになるとは、聖二も予想していなかっただろう。どうにかして、接点をなくそうと必死のようだ。
「ごめんなさい、私、ユキさんのファンだから……」
 聖二に咎められ、彼女は肩を落とす。そんな姿を見ていたら、子どもを抱くのなんて些細なことだと思えてしまうから不思議だった。
「いいですよ」
「本当ですか」
 倖弥の言葉を聞いた彼女は、途端にぱっと明るい表情に変わった。
「でも僕、赤ちゃんって抱いたことないけど、大丈夫かな」
「最初は夫も戸惑ってましたが、大丈夫でしたよ」
 彼女に言われるがまま、倖弥は恐々と子どもを腕に抱いた。
 思っていた以上に柔らかくて暖かい。頬が桃色に染まっている。そっと指先で頬に触れてみた。滑らかですごく気持ち良い。すると、子どもが倖弥の指を掴み、ぎゅっと握ってきた。そして、声を出して笑ったのだ。
「わあ、珍しい。この子、人見知りするみたいで他の人が抱くとすぐ泣いちゃうんです。ユキさんのこと気に入ったんですね」
 倖弥の隣で彼女は、子どもと一緒になって嬉しそうに笑う。
 複雑な気持ちでいっぱいになった。
 倖弥と聖二の関係を何も知らないから幸せそうにしていられるのだ。その事実を知ったら、彼女はどうなってしまうのだろう。まるで想像がつかなかった。


 

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