同人誌より一部掲載
アイドル天使 ユキ*ハル 2 <試し読み1>
「朝五時に迎えに来るって言いましたよね?」
「もう何度も聞いたよ、マネージャーうるさい。間に合ったからいいじゃん」
口を尖らせたハルは、子どもみたいに拗ねた表情をした。
「そういう問題では――」
「ハルさん、先に撮影入ります」
「はーい。呼ばれたから行くね」
こちらに向かってバイバイと手を振り、マネージャーから逃げるように走って行った。
倖弥は金井と二人きり。ハルがいれば、少しは場が持つが、今はすごく気まずい空気が流れていた。
「知りませんでした」
先に口を開いたのは、金井の方だった。
「え?」
「ハルさんとユキちゃんが、恋人同士だったなんて」
あんな場面を目撃してしまったのだ。そう思うほかないだろう。
「どうして言ってくれなかったんですか? オレ、そんなに信用ないですかね。二人が恋人なら、オレ、いくらでもフォローしますよ」
金井は、倖弥がL'AILE NOIREのバンドをクビになる前から、お世話になっているマネージャーだ。
倖弥がゲイだということを理解していて、前の恋人がレイル・ノワールの聖二だということも知っていた。何でも相談できて、信頼できる。だけど、ハルのことは、中途半端な関係だったから言えなかった。
「恋人、じゃないんだ」
「え? だって、じゃあ、さっきのは……」
心底驚くような顔をする。
「ごめん、恋人じゃないけど、身体の関係はある……だから報告できなかった」
胸を張って言えることではない。ただ、流されているだけという弱い人間なのだ。
少し考えるような仕草をした後、金井が倖弥の顔をじっと見た。
「それは、ユキちゃんの中で、まだ聖二さんへの気持ちがあるからですか?」
金井の問いに、静かに首を横に振る。
「たぶん、自信がないんだ」
「自信?」
「ユキさん、準備お願いします」
「はい、今行きます。ありがとう、金井くん。大丈夫だから」
金井が心配そうな顔をするので、精一杯の笑顔を見せた。
ハルに好きだと告白されていた倖弥は、未だに何も返事をしていない。
恋人の聖二との関係が、はっきりしていなかったというのもあるが、自分の気持ちがよくわからなかったのだ。
ハルとユニットを組むことになったのは、ハルが面白半分で倖弥を引き込んだのが始まりだった。バンドをクビになり、行く当てがなかった倖弥は、断ることはできない。
ただ、ただ、夢中で、仕事をこなしていくだけ。そうしないと、自分の居場所はないと思ったからだ。
初めは、アイドルという仕事が嫌で仕方がなかった。歌うことだけをしていたいのに、違う仕事をさせられる。何度も辞めようと思った。
だけど、そのうち、以前のような嫌悪感はなくなっていった。それは、ハルの影響が大きいような気がする。
ハルは、アイドルに誇りを持っていて、心の底から楽しんで仕事をしていた。歌だけじゃなく、できないことがあれば努力して、幅広く自分自身を高めていくのだ。
一緒に活動するようになって、倖弥も、それに応えないと申し訳ないと思うようになった。
ユニット「ユキとハル」は、二人で一つだ。倖弥が得意としている歌だけではなく、ラジオやバラエティ番組など、苦手分野にも関わらないといけない。
ユニットに対して、倖弥は自分の意見を言わなかった。元々、自分の考えを言葉にするタイプではなかったが、ハルの好きなようにさせていた。それが返って、倖弥自身への成長に繋がると思ったからだ。
倖弥とハルは、出会ってすぐ身体の関係を持ってしまった。そして、その関係は今もまだ続いている。
何度も、身体だけの関係なんてやめようと思った。でも、ハルに真っ直ぐとした瞳で見つめられたら、意志が弱まってしまう。
「オレは、ユキヤさんが好き。ユキヤさんには、恋人はいない。気持ちいいんだから、セックスしてもいいよね?」
倖弥は、否定できなかった。拒めない。拒めるわけがないのだ。
それは少なからず、ハルに対して気持ちがあるからだ。
だけど、好きだと自覚すれば、倖弥はハル一色になってしまう。一途な性格だから、そうなることがわかっていた。
ハルは、まだ若い。一回りも違う年下の子に、本気になるのが怖いのだ。
これから先、ハルはいろんな人に出会っていくだろう。倖弥と違ってゲイではないから、女性と恋をしてもおかしくない。
今はただ女性に飽きているから、男の倖弥が新鮮なだけだ。倖弥に飽きれば、また女性のところに戻っていく。それが普通なのだ。
だが、そんなハルを見たくない。ハルが自分に飽きたら、きっと立ち直れない気がしていた。
それなら初めから、好きにならない方がいい。
倖弥はそう決心するのだった。
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