自分の家に泊まるハルは、一応お客様になる。
彼に気を遣いながら、風呂と寝るところを準備して疲れきっていた。
倖弥が風呂から上がれば、リビングにハルの姿がなかった。嫌な予感がして奥の部屋を覗けば、ベッドの上でうつ伏せになって本を読んでいる。
しかも、それは倖弥の本で、勝手に本棚から取り出したらしく、辺りに散らばっていた。別に見られてまずいものはないけれど、良い気はしなかった。
「ソファで寝てって言ったよね?」
「オレ、ベッドじゃないと眠れないんだ」
ハルは肘をついた手に顔を乗せたままこちらを向き、足をパタパタさせて言った。
どこまでもわがままを突き通そうとするハルに、頭が痛くなりそうだった。
やっと自分の時間が持てると思っていたのに、これでは全くのんびりできない。だけど、話し合ってもすぐに問題は解決しなさそうに思えた。やはりここは、自分が諦めた方が早い気がする。
「じゃあ、僕がソファで寝るよ……」
「ベッドで一緒に寝ればいいじゃん」
ハルが澄ました顔で言うから、どちらの家かわからなくなりそうだった。
「狭いだろ」
「大丈夫だよ、オレたちコンパクトだし」
「僕は嫌だよ」
部屋を出ようとしたら、ハルは突然寂しそうな声を出した。
「リビングで寝るの? ここで寝なよ」
「一緒に寝たくないって」
ベッドの下の床をハルが指差す。
「ここだよ。床にタオル何枚か敷いてさ」
「どうして、そこまでしないといけないわけ?」
「ユキヤさん、オレのこと好きじゃないでしょ? だからだよ。これから一緒に活動していくんだよ。オレたちもっと仲良くなった方がいいと思うんだよね。いろいろ話しよう」
年下のくせに、もっともらしいことを言うから、何も言い返せなくなる。
ハルの言うとおりだった。このままでは、上手くいかないのは想像できる。
「わかった、ここで寝るよ」
仕方がなく、従うことにした。床で寝るのが年上の自分というのがどうにも納得いかないのだが、それも今日一日だけだ。
「ユキヤさんって、けっこう難しい本読むんだね」
ハルは、ベッドの上に散らばった本を交互に眺めて言った。
「本を読むのは好きなんだ。なかなか時間が取れないけど」
「オレは、漫画しか読まなーい」
「ああ、そんな感じがする」
「なにそれ、バカっぽいってこと?」
唇を尖らせて不満げな顔をしたハルが、やっぱり子どものようで、吹き出しそうになったのを辛うじて堪える。
「……そうじゃないけど。僕だって漫画も読むよ」
「へえー難しいのだけじゃないんだ。だけどさ、エロ本もないし、女の影も見当たらないのはどういうことなの? やっぱりマスコミにバレたらまずいから、しっかり隠してるってやつ?」
人の本棚をあさって、そんなことを探していたのだろうか。ユニットを組むのだから、相手のことを知りたいというのもわかるけれど、こそこそ嗅ぎまわれるのは好きじゃなかった。知りたかったら、堂々と聞けばいいのに。
倖弥はさり気なく、ハルの話題へと持っていく。
「君だって、恋人のことは隠さないといけないんじゃないの?」
「オレはあんまり気にしないんだけど、ウーさんがうるさいんだよね。まあ、女は当分いいや。ホント信じられないから」
「まだ二十二なのに、もういいって」
倖弥は呆れていた。
どれだけの付き合いをしてきたかはわからないが、この若さなら本当の恋愛をしたかどうかも怪しいところだ。
「だってさ、オレの彼女、シャッツの他のメンバーとも寝てたんだぜ。彼女にもメンバーにも裏切られたの。頭きたから抜けてやった」
「……もしかして、グループを脱退した理由って」
「そう、これが理由」
「そんなことで……」
唖然としてしまった。反対にハルは、興奮するように熱くなる。
「そんなこと? じゃあ、ユキヤさんは信用できないメンバーとそのまま一緒に活動していける? 普通できないだろ」
「そうだね」
ハルの言い分は一理ある。些細な恋愛事だが、信頼がなければ共に活動するのは無理なことだ。信用できないと思った時点で、活動を続けていくのは厳しいだろう。
若いくせに考え方はしっかりしているようだ。
「ユキヤさんは何で脱退したの?」
「僕は……」
嘘をつこうと思った。だけど、それはフェアじゃないような気がして。
「自分から辞めたわけじゃなくて、本当は解雇されたんだ」
「え?」
「楽器ができるわけでもないから作曲もできないし、作詞ができるわけでもない。歌うことしかできないから、必要ないって言われた」
気づけば、誰にも言えなかったことをたいして知りもしないハルに話していた。
「長く一緒にやってきたのに、裏切りじゃん」
「しょうがないよ。それが現実だ」
自分のことをよく知らない相手だからこそ、話せたのかもしれない。
なぜか少しだけ心の中がすっきりしていた。重たい呪縛から解放されたようだった。
「オレは、ユキヤさんの歌、好きだけどね」
「ありがとう」
ハルは、まっすぐに答えてくれる。わがままに見えるのは、根が素直だからそう感じるのだろうか。純粋な子どもみたいだ。
倖弥はもう一つ、言うかどうか迷っていることがあった。
あとから知られても面倒なことになる可能性もある。それなら最初からわかってもらって、ハルにどうするかを選択してもらえばいい。
「君に言っておくことが、もう一つある」
「何? 何?」
ベッドから身体を乗り出し、好奇心いっぱいな瞳でハルはこちらを見てくる。一瞬言うのを躊躇ったが、思いきって言葉にした。
「……実は、僕はゲイなんだ。女性じゃなくて男性が好きで……前のバンドの時もみんなにきちんと話したから、君にも言わないといけないと思ったんだ。気持ち悪いだろうから、もし嫌だったらユニットは……」
「そうなんだ」
あっさりしたハルの返答に拍子抜けする。
「へ?」
「別に気持ち悪くないよ。男が好きだっていいじゃん」
「偏見……ないんだ」
「うん、いろんな人いるから人それぞれだよ」
「……それならいいんだけど」
ハルという人物は、やっぱりどこか不思議な感覚の持ち主に思えた。普通なら、一歩引いてしまうだろう。
バンドのメンバーには受け入れてもらえたけど、それはある程度の絆ができていたからだと思う。
もしかしたらハルは、あまり深く考えないタイプなのかもしれない。それならそれでいい。
とりあえず今は、前に進むしかない。これから先も歌い続けられるよう、自分で築き上げなくてはいけない。
倖弥は、床に何枚ものタオルを敷いて布団代わりにした。
そこに寝転がり、社長にもらったCDを聴くために、オーディオプレーヤーのイヤフォンを耳にする。
流れてくる音楽は、元気のある明るい曲調。レイル・ノワールとは全く違った。でも、覚えやすいかもしれないと感じる。
シャッツというグループの音楽は聴いたことがない。だけど、人気グループだけあってか、CMやラジオなどで流れていたのを耳にしていたのだろう。聞き覚えのある曲が多数あった。
「この曲好きだな」
ぽつり呟いた言葉に、ハルが反応した。
「え? どれどれ?」
ベッドで仰向けになって寝ていたのに、すぐさま床に降りてくる。横に並んで寝転んだかと思えば、倖弥の左耳からイヤフォンを引っ張るようにして強引に奪い取った。
「ちょっと」
気持ち良く聴いていたのに台無しだ。
「ああ、これね。オレもお気に入り。元気になれる曲」
身体を揺らしながら聴いているハルのことは気にせず、倖弥も音楽に耳を傾けた。
リズムを取って鼻歌で合わせる。隣からハルの視線を感じたけど、構わないことにした。この曲を歌うわけではないが、曲調に馴染もうと真剣だった。
そんな時、ふと髪に触れられて、身体がびくっと震えた。
「な、なに?」
少し驚いて声が高くなった。振り向けば、ハルが自分をずっと見据えている。
すごく距離が近いことに、そのとき初めて気づいた。
「ユキヤさんの髪の色、やっぱりいいね」
「……ああ、色素薄いから元々こういう色なんだ。バンドのイメージで黒くしていただけで」
「似合ってる」
「そう……ありがと……」
何となく嫌な雰囲気だなと感じた。
「そろそろ寝ようか」
イヤフォンを外して寝る準備をしようとした。すると、再び髪に触れてきた。撫でるように何度も何度も触れる。
「ねえ、ユキヤさん」
倖弥とハルの距離が更に縮まる。
「早くベッドに戻りなよ」
警戒するかのように倖弥が身体を離せば、そのたびにハルは距離を近づけてくる。そして、突拍子もないことを言った。
「なんか、ムラムラしない?」
「なに言ってんの?」
思わず、目を見開いてしまう。
「だから、ユキヤさんとならできそうな気がして」
「は? もうふざけてないで寝てよ」
次の瞬間、ハルが倖弥の上に覆い被さってきた。
「ちょ、ちょっと……!」
「してもいい?」
「意味わかってんの? 僕は男だ」
「そうなんだけど、したくなっちゃってさ。ユキヤさん、男なら大丈夫でしょ?」
「男なら誰でもいいわけじゃない! 勘違いするな」
上に乗っかっているハルを押し退けようと身体を押したが、その手を掴まれ自由を奪われる。
「オレでも大丈夫か試してみてよ」
「やだって」
拘束されていた手は放たれ自由になったが、ハルは倖弥のTシャツを捲った。
「ユキヤさん、肌白いね。しかも、ほそっこい」
「んっ……」
ハルの手のひらが肌をなぞるように触れた時、身体がびくりと震え、声が漏れてしまった。
「感じてる?」
「か、感じてな……」
否定の言葉を最後まで吐き出すことはできなかった。ハルが唇を重ねてきたからだ。
上唇の内側を這わすようにねっとりと舌が口内に侵入してした。それがゆっくりと中で蠢く。
どうにか唇を離そうとしたが、上顎や歯茎をなぞるように舌で舐められ、次第に頭がぼうっとしてきた。
ハルの舌が絡め取るように倖弥の舌を捕えた。途端に逃さないよう強く吸われる。
いつの間にか抵抗する力は弱まり、身体に力が入らなくなっていた。
唇が離され、唾液の糸が引く。倖弥は息が上がっていた。
ハルは、勝ち誇ったような顔をする。
「キス上手でしょ? 自信あるんだ」
「もう満足しただろ。離れて」
ぐいっと身体を押しやるが、ハルは更に距離を縮めてくる。
「ユキヤさん、満足してないんじゃない? オレの足に当たってる。これ勃ってるよね?」
「君が変なことするからだ。いいから、離れて」
次の瞬間、ハルが思いもよらない行動に出たため、再び身体が反応するように跳ねた。
「あ、平気だ」
スウェットの上からだったが、ハルは倖弥の股間に手を置いたのだ。
「な、何してんの!」
とんでもない行動に、声が裏返ってしまう。
「自分以外のって触ったことないからどうかなって思ったけど、案外大丈夫なものだね」
そのままゆっくりと擦り始めたから、倖弥はハルの腕を掴んで静止させた。
「本当に止めて!」
叫ぶような切羽詰まった声だった。あたりまえだ。このまま続けられたら、いくら好きでもない相手だとしても我慢ができなくなる。
「ユキヤさんって素直じゃないんだね。気持ちいいからこんなに硬くなってるんでしょ。ちょっと見せて」
今度は下着ごとスウェットのパンツを下げられ、直接硬くなっている部分に触れてきた。
「あぁっ……」
歓喜のような声を上げてしまい、もうどうしようもならない。
ハルは倖弥自身を軽く握り、上下にゆっくりとしごいていく。そこがどんどん硬くなっていくのが、自分でもわかった。
身体は熱くなって呼吸は乱れ、ハルの手の動きに合わせて自ら腰を動かしてしまう。
ハルがじっと観察しているように思えた。両腕で顔を隠し、声も出ないように唇を噛んで必死で堪える。
だが、ハルは股間に触れながら、もう片方の手で倖弥の腕を掴んで顔から離した。
「ユキヤさんの顔が見たい」
従いたくなくて顔を背ければ、顎を掴んでハルの方に顔を向けさせた。それから指で、必死で閉ざしていた唇をこじ開ける。倖弥の口内に指が入り込み、犯すように中で動いた。
「もっと声聞かせて」
「……は…あぁっ…」
口内で蠢く指が苦しいけれど、下半身の刺激は気持ちがいい。吐息と一緒に唇の端から唾液がこぼれた。
男のものを触るのは初めてだと言っていたのに、ハルの触れ方は的確だった。ハルが弄るたびに、自身の先端から零れた汁が腹を濡らしていた。
「ユキヤさん、男だからやっぱりオレと同じところが感じるんだ。じゃあ、ここも?」
「ぁっ、あ、やぁ……」
身体がびくびくと跳ねる。まるでおもちゃで遊ぶように、ハルは楽しんでいた。
泣きたくなんかないのに悔しくて涙が出てくる。
「ごめん、ユキヤさん、苦しかった?」
口内を犯していた指を口の中から出し、ハルは倖弥の瞼に優しく唇で触れた。
「も、もう、やだ……」
「やだじゃなくていいでしょ。こんなに先っぽが濡れてるよ、やらしいね、ユキヤさん」
一回りも離れた年下の男に襲われ、屈辱でしかないはずなのに、身体は確実に反応していた。
彼はこういうことに慣れているようだ。男の相手をするのは初めてだとしても、女性との経験は豊富なのだろう。
「じゃあ、もっとユキヤさんのエッチな声聞かせてね」
ハルは濡れている先端を指先でぐりぐりと弄った。
「んっ…んんっ……」
腰が浮き、がくがくと震える。
「もうイきそうかな」
手のひらで倖弥自身を包んで上下に擦る。先走りのぬめりのおかげで、先ほどよりもハルの動きはスムーズだ。
「はぁ……あっ…んっ」
彼の思い通りになるのは嫌だったから堪えようと思った。だが油断すれば、意思とは反対に口から声が漏れている。
「我慢しなくていいよ」
ハルは、段々と刺激する速度を速めていく。
「や、あぁっ…んんっ……」
波のように快楽が押し寄せ、何も考えられなくなっていった。熱が下半身に集中する。
何とか快感から逃れようと首を振るが、その行為は何の意味を持たない。床に敷いていたタオルも、いつの間にか身体の下にはなかった。
「ユキヤさん、イっていいよ」
耳元で囁きながら、ハルは更に手の動きを速めた。倖弥は、手元にあった丸まったタオルを握り締めて必死に耐える。しかし、先端をつつくように指で刺激されて、堪えられなくなった。
「んあっ、あっ、あぁっ……」
腰を震えさせ、敢え無く絶頂を迎える。自らの腹の上に欲望を解き放った。
肩で息をしながら、身体を起こそうとした。
ハルの手を汚してしまったかもしれない。
ぼうっとする頭でそんなことを考える。
ふと、ハルが倖弥の手を取った。
「ユキヤさん、オレのも触って」
ハルが下着を下げ、自分の下半身に倖弥の手を持っていく。彼自身も硬く勃ち上がっていた。
ゲイではないのに、倖弥を見て欲情したのだろうか。
倖弥はゆっくりと身体を起こして言った。
「いいよ、触っても。その代わり、君をイかせたら終わりだ。それ以上はない」
静かに握って上下に擦れば、ハルは色っぽい吐息を漏らす。
「はぁ…気持ちいい、ユキヤさん」
ハルは倖弥の首に手を回しながら、倖弥の膝の上に乗った。手の中のものは、どんどん硬くなり大きく形を変えていく。
倖弥は生唾を飲み込んだ。
――自分の中に入れたい。
思わずそんなことを考えてしまい、自己嫌悪に陥る。
しばらくしていなかったかせいか、身体が疼いた。
それ以上のことはしないと宣言したのは、自分に言い聞かせたのもあったのかもしれない。
だけど、好きでもない相手と身体を重ねることはしたくなかったのだ。
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