同人誌 より一部掲載

好き、想いは同じだから <試し読み5>

「コウちゃん」
 名前を呼ばれて、目を覚ました。
 皇祐を覗き込む敦貴と、視線が交差する。
「敦貴……、あれ? いつの間にか寝てたんだな」
 風呂に入ったあと、敦貴を待っていようと思っていた。それなのに、ベッドに横になったのが間違いだった。
 重たい瞼を擦りながら、身体を起こした。その隣に、敦貴が腰かけてくる。
「疲れてるんだね」
「いつ帰ってきたんだ? 全然気づかなかった」
「さっきだよー。起こそうと思ったけど、ぐっすり眠ってたから、先にお風呂入ってきた」
「そっか」
 皇祐が敦貴よりも先に帰って来ていることは、数えるくらいしかなかった。いつも敦貴が、皇祐の帰りを出迎えてくれる。だから、皇祐も同じことをしてあげたかった。
 それが結局、眠ってしまって、計画は実行されずに終わる。悔しくて軽く唇を噛んだ。
「本当は、もう少し早く上がれるはずだったのにさ、閉店間際にいきなり混むんだもん」
「お疲れさま、敦貴」
 頭を撫でてあげれば、嬉しそうに頬を染めて笑う。
「今日は、店に来てくれてありがとうね、嬉しかった」
「突然、ごめんな。リオたちが、どうしても行きたいって言うから」
「謝るのは、オレの方だよ。ごめんね。潤ちゃん、どうしたんだろう。機嫌悪かったのかな。普段は、女性を怒らせることなんて、絶対しないんだよ」
 敦貴は、未だリオの性別に気づいていないようで、首を傾げていた。
「ああ……、リオは見た目あんな感じだけど、男性なんだ」
 説明してあげれば、本当に驚いたらしく、飛び上るように身体を跳ねさせる。
「え!? そうなの? 全然わからなかった。オレ、ずっと女の人だと思ってたよ」
「店では、男性として働いているから、従業員もお客さんもわかってるけど、普通はみんな気づかないよ」
「……それに気づいたってことは、潤ちゃんの女性レーダーが働いたってこと? すっげー怖いんだけど」
 敦貴が両腕を擦りながら、身震いした。
「女性レーダー?」
 聞いたことのない言葉に、頭を悩ませてしまう。そんな皇祐の様子に気づき、敦貴は肩を揺らして笑った。
「ああ、潤ちゃんって、女の人が大好きなの。だからきっと、そういうのも一発でわかるのかなって」
「そうなのか」
「でも、潤ちゃん、根は悪い人じゃないんだよ」
 最後はフォローする。それは、彼のことを信頼し、尊敬しているからなのだろう。その思いが伝わってきて、少しだけ寂しさを感じた。
「わかってる。たぶん、僕が敦貴の恋人っていうのが許せないんじゃないかな」
「どうして?」
「全部知ってるんだろう? 僕の仕事のことも」
「……うん」
「普通は反対するよ。敦貴のことを大切に思っているなら、ね」
 店主の気持ちは、痛いほどよくわかっていた。皇祐が彼の立場なら、自分みたいな男とは関わってほしくない。
「コウちゃんがそんなこと言わないで!」
 いやいやと左右に首を振り、敦貴は、皇祐を力強く抱きしめてきた。
「オレ、誰に何て言われようが、コウちゃんはオレの恋人だもん。ずっと恋人だもん」
「ありがとう、敦貴」
 敦貴がそう思ってくれているなら、皇祐は彼の恋人でいられる。
 敦貴の腰に腕を回し、彼の胸に頭を預けた。暖かい体温が心地良い。
 このまま時が止まればいいのに――そう願わずはいられなかった。
「ねえ、コウちゃん」
「ん?」
 少し身体を離して、お互いの顔を見合わせた。
「今日も、してもいい?」
「ああ」
 皇祐が返事をすれば、優しく口づけしてくる。啄むように、軽く触れるだけのキスを繰り返した。唇だけでなく、頬、瞼、耳元、あちこち唇を落としていく。
 その行為が、可愛らしくて、くすぐったくて、思わず吹き出してしまった。
「可笑しい?」
 敦貴は、皇祐の顔を見て、目を丸くした。
「ごめん、今日はやけに時間をかけるなと思って」
「だって、こんなに時間あるの久しぶりでしょ? コウちゃんをいっぱい感じたいの」
 嬉しそうに笑う敦貴を見ているだけで、全身から喜びが溢れてくるようだった。
「そうだな。僕も、敦貴をたくさん感じたい」
 大切な人が、今ここにいる。こんなにも近くに。
 腕を伸ばし、敦貴の頬に触れて、指で唇をなぞった。
 夢でも、幻でもない。手の届く場所に、彼がいるのだ。
「ふふっ、コウちゃん」
 口元を緩ませながら、皇祐の手を取り、手のひらに唇を落とした。そして、手首に唇を移動させ、ちゅっと音を立てるように何度もキスをする。
「もういいよ、敦貴、何だか恥ずかしい」
 皇祐がそう言ったと同時に、敦貴が固まったように動きを止めた。
「コウちゃん……これ……」
 掴んでいた皇祐の腕を見て、険しい表情をした。
 袖から覗く腕には、赤く痕がついている。それは、客に縛られた痕だった。
「何でもないよ」
 慌てて手を引っ込めたことにより、余計に敦貴の意識をそちらに向けてしまうことになった。
「何でもないわけないよね? それって縛られた痕じゃないの?」
 強張った表情の敦貴を見るのが辛い。
「大丈夫だから」
「コウちゃん、縛られるの好きなの……?」
「僕の趣味じゃない」
「じゃあ、客の趣味? 何で断らないの? 客の言いなりになるの?」
 次から次へと質問を浴びせられた。答えるのを躊躇ったが、敦貴の様子からして、答えないで終わらせるのは無理のようだった。皇祐は、重たい口を開く。
「お客さんが希望することは、だいたい断らないよ」
「こんなに痕ついてるのに?」
 再び腕を掴まれて、痕を見せつけてくる。眉を吊り上げ、表情に怒りが現われていた。興奮している彼を落ち着かせるように、冷静に答えるしかなかった。
「痕はすぐ消えるよ」
「そういうこと言ってるんじゃないよ!」
 イライラをぶつけるように、敦貴が拳で何度もベッドを叩いた。腕を掴んで、それを止めさせようとすれば、思いっきり跳ね除けられた。
「敦貴、これは仕事だ!」
 皇祐がはっきり言えば、敦貴は何も言えなくなったのか、黙って静かになった。
 膝の上で握りしめていた拳は震えていて、悔しそうにしているのがわかった。
 だからといって、皇祐は仕事を辞めることはできないし、常連客を拒否することはできない。敦貴には、理解してもらうしかなかった。
 何か声をかけようと思ったとき、敦貴が小さな声で喋ったのだ。
「……ごめん、頭冷やしてくる。先に寝てていいよ」
 厳しい顔つきのまま、ベッドから降りて、浴室へ行ってしまった。
 せっかく早い時間から、二人でいられたのに、どうしてこうなってしまうのだろう。
 深い絶望的な気分に襲われて、泣きたくなった。
 敦貴を傷つけてしまった。それは今回だけじゃないのは、わかっていた。たぶん、随分前からだ。
 毎日のように、男と触れ合い、交わっているのだから、皇祐の身体にキスマークがつくことは避けられない。それは、敦貴のものもあれば、違う男がつけたものもある。
 自分がつけていない痕を見つけると、敦貴は一瞬悲しそうな表情をするのだ。そのたびに、皇祐は視線を逸らして、気づかないふりをしていた。
 叫びたくても叫べなかったことを、今日、敦貴は零したのだ。皇祐にとってこれは仕事だからと、ずっと耐えてきたのだろう。
 こんなこと我慢できるはずがない。仕事だと割り切って考えられる人が、果たしているのか。普通の精神の持ち主なら、難しいはずだ。





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