好き、これからも友だち03

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好き、これからも友だち03

 それからも敦貴は、皇祐に構っていた。
 休み時間には、真っ先に皇祐のところにやってくる。学校が終わると、一緒に帰るために皇祐の前に現われた。お互いの予定がなければ、二人でどこかに寄ってから家に帰る。そんな日常だ。
 嬉しくないわけではなかったが、他の人たちの目が気になった。
 彼には、たくさんの友達がいる。それなのに、皇祐が傍にいる時は、誰も敦貴に話しかけない。そうなるのは、自分のせいだということは重々承知していた。だから理由をつけて、なるべく距離を置こうと必死だった。
「コウちゃーん」
 昼休み、中庭のいつものベンチに座っていると、遠くから大きく手を振る敦貴の姿が見えた。
 手を振り返さなくても、彼は駆け寄ってくる。
「待っててって言ったのに、先に行くんだもん」
 そして、断りもなく、皇祐の隣に座るのだ。
「あれー? 今日、お弁当なんだねー」
「ああ、新しい使用人が決まったから……」
「しようにん?」
 通じなかったようで、首を傾げながら、敦貴はパンの袋を開け、ぱくりと食らいついた。
「お手伝いさんだよ。食事を作ったり、洗濯とか掃除したり、家のことをしてくれるんだ」
「すげー、そんな人いるのー? 母ちゃんも欲しいって言ってたよ。もう弁当作りたくないって、いっつもオレに怒るからさー」
「弁当? 今は持ってきてないの?」
「ああ、オレ、昼前に食べちゃうから、昼になったらもうないの。朝食べても、すぐお腹空くんだよねー」
 今も、片手におにぎりを持ちながら、三つ目の蒸しパンを食べ終えようとしている。食べる量もすごいが、スピードも早かった。
 敦貴は、学校に食事をしに来ているかのように、いつも何かを口にしていた。しかも、帰宅途中も買い食いをしたり、店に入って何かを食べたりする。一人で食べるのは嫌だからと、毎回付き合わされる皇祐は、大変な思いをしていた。彼の胃袋がどんな風になっているのか、想像がつかない。
「コウちゃん、それ、おいしそうだね……」
 皇祐が弁当の蓋を開けると、敦貴のじとっとした視線を激しく感じた。思わず苦笑してしまう。
「何か食べたいものある?」
 弁当の箱を差し出せば、敦貴の顔一面に、嬉しそうな笑みが浮かんだ。
「いいの? 玉子焼きが食べたーい」
「どうぞ」
 指で卵焼きをつまみ、一口で食べた。口いっぱい、頬をふくらませて、満足そうな表情をする。
「コウちゃんのウチ、甘い玉子焼きだー、ウマい」
 そんな満たされた様子を眺めながら、皇祐もウインナーを箸でつまんで口の中に入れた。
 使用人が変わるたびに、ほんの少しだが、料理の味が変わる。どの使用人が作っても、決して不味いということはなかった。代わりに、家庭の味がどんなものなのか、皇祐にはわからないのだ。
 このお弁当もそうだった。何の変哲もないごく普通のもの。使用人に好みを聞かれたが、言ったところで大した代わり映えしないだろうから、任せると伝えた。
 お弁当があるだけでも有難いことなのだから、贅沢は言っていられない。なければ、購買部で大変な目に合うのだから。それはわかっていたが、お弁当を口に入れても、全く味がしないような感覚に、いつも陥る。
 もくもくと食べていれば、なぜか敦貴は、頬を人差し指で軽く押してきた。
「……な、に?」
 皇祐は思わず、敦貴を凝視した。
「ごめん、コウちゃんのほっぺたって、白くて柔らかさそうだから、ずっと気になってたの。本当に柔らかいね」
「は……?」
 すぐ理解することができず、固まってしまった。その間もずっと、優しくつつくように頬を押してくる。
「小さくてマシュマロみたいなんだもん。コウちゃん見てると、お腹空くー」
「……僕は食べ物じゃない。それに、僕が小さいんじゃなくて、君が大きいだけだろ」
 彼の言葉が癇に障り、手を払いのけ、少し嫌な言い方をしていた。口にしてから気づいたが、後の祭りだ。誤魔化すように、ふいっと顔を伏せた。
 すぐに敦貴も、様子がおかしいことがわかったようで、顔を覗き込んでくる。
「小さいの、気にしてたの?」
「気にしてない……」
「だから、いつも牛乳飲んでるの?」
「どうでもいいだろ」
 これ以上、深く追求されたくなかったから、敦貴に背を向けた。だけど、お構いなしに声をかけてくる。
「ねー、コウちゃーん」
 肩をぽんぽんと軽く叩いてきた。反応しないでいると、今度は敦貴の大きな手が肩を掴み、軽く揺らしてくる。
 全てなかったことにしたかった。消えてなくなりたい。
「僕のことは、ほっといてくれ」
「玉子焼き、もう一個食べたーい」
 後ろからお弁当を指差して、催促をしてきた。
 皇祐だけが気にしていただけで、小さいという話題は、彼の中では既に終わっていたらしい。
 敦貴は、どんな時も食べ物のことが一番のようだ。そのおかげで、この難を逃れることができたのだから、良しとしよう。 
「……好きなもの食べていいよ」
 敦貴の方を向き直り、再び弁当箱を差し出した。
「ありがとー」
 美味しい物を食べていられるなら、敦貴は誰と一緒に居ようとも気にしないのかもしれない。だからって、どうして皇祐なのだろうか。
 最初は、お金をあてにしているのかと思っていた。過去にも、そのために近づいてきた人がいたから、彼もそうなのかと考えた。自分には、それぐらいの価値しかないことはわかっていたから。
 だけど、二人で店に寄っても、敦貴は自分の分は自分で払う。食べたいものがたくさんで、お小遣いをやりくりするのが大変だと嘆いていることもあった。だから、代わりに払おうとしたら、ひどく怒られた。
 それなら、どんな理由があって傍にいるのか。
 皇祐は、敦貴を満足させるような特別な美味しい物を持っているわけでもない。面白いことを言って笑わせることだって難しいことだ。
 自分の前で、幸せそうに物を食べている敦貴の姿を見るたび、なぜ彼がここにいるのか全くわからなくて、締め付けるように胸が苦しくなった。
「敦貴……」
「んー?」
「いつも僕のところに来るけど、友だちと食べた方がいいんじゃないか? 最近、一緒にいないだろ。僕のことは気にしなくていいから」
「なんでー?」
 敦貴が小首を傾げながら、複雑そうな顔をした。
「僕は、つまらない人間だよ……」
「つまんなくないし……」
 むっとしたようで、目を細めて、不機嫌そうに口を曲げた。
 彼が黙ってしまったので、会話は続かなくなる。周りの楽しそうな笑い声や話し声が、やけに響いて聞こえた。二人の間に沈黙が流れ、息をするのも苦しく感じる。
 こういう時、気の利いたことが言えたら、雰囲気も変わるのに、それができない自分が悔しかった。いっそのこと、自ら一緒にいたくないと拒絶する方が、楽になれるんじゃないかと考える。
 その間に、予鈴が鳴ってしまった。
「あっ、敦貴、もう行かないと」
 いつもなら、予鈴が鳴る前には戻っていたから、皇祐は慌てた。急いで弁当を片づけて、教室に戻ろうとした。すると、立ち上がった敦貴に腕を掴まれ、強く引っ張られる。
「待ってよ……」
 敦貴は、感情を抑えるような低い声を出した。
「遅れるって」
 様子がおかしいことは感じていたが、授業に遅れることの方が気がかりで、頭が回らなかった。
 低い声のまま、敦貴が言葉を続ける。
「コウちゃんは、オレのこと友だちだと思ってないってこと?」
「え?」
「オレは……、コウちゃんと一緒だと楽しいから、ここに来てるんだよ。大好きな友だちだから、コウちゃんと居るのに……」
 想像していなかったことを彼の口から聞かされ、息が詰まったように立ち尽くしていた。
「コウちゃんは……違うの?」
 敦貴が震えたような声を出した。泣いているのかと思って、心臓が激しく波打つ。
 彼の様子を確認したかったが、それすらも怖くて、顔を上げられない。
「ごめん、そうじゃない。僕も敦貴と一緒に居たいけど、敦貴は僕と居ない方がいいと思って……」
「一緒に居たいのに、なんでそうなるの? オレ、よくわかんないんだけど」
「敦貴は、他に友だちがいるから」
「他に友だちがいたら、コウちゃんと友だちになれないの? それなら、他の友だちはいらないよ!」
 思いきって彼の顔を見れば、表情が曇っていて、彼の苛立ちが伝わってきた。
 敦貴を独り占めしたいわけじゃなかった。自分と一緒にいることで、彼に嫌な思いをしてほしくないだけなのだ。そして、自分自信も傷つきたくなかった。
「……よく、わからないんだ」
 自分でも何を言いたいのか、整理がつかなくて混乱していた。どれが正解なのか、何が正しいのか、答えが見つからない。
「頭の良いコウちゃんでもわかんないなら、オレなんか、わかるわけないよ」
 敦貴のためを思って言っているつもりだったけど、本当は自分のことしか考えていないのかもしれない。
 傷つくのが怖いから。人と関わらなければ、最初から一人でいれば、苦しまなくて済むのだ。
 本鈴が鳴っていたが、敦貴は掴んでいた腕を離そうとしなかった。振り解くこともできたはずなのに、それをしないのは離れたくないからだ。
「授業、始まるよ……」
「いいよ、授業なんて。こっちの方が大事だもん。はっきりさせないとヤダ!」
 言い出したら聞かないのは、食べることに関してだけかと思っていた。彼の性格自体が、頑固なのだろう。
 皇祐の腕を掴む指に力が入っていて、ズキズキと痛み始めていた。
「腕、痛いよ。ここに居るから離して……」
「あ、ごめん……」
 はっとしたように手を離し、悲しそうな目をした。
 静かにベンチに座ったら、敦貴も隣に座って身を乗り出してくる。
「コウちゃん、オレのこと嫌い?」
「嫌いじゃないよ」
 慌てて首を横に振った。唐突すぎて、思考回路がついていかなくなる。
「オレもコウちゃんが大好き。じゃあ、これからも友だちでいいよね」
 安心したように眉を下げて笑った。はっきりと言い切られて困り果てる。
「僕は、敦貴に何もしてあげられない。それでもいいの?」
「いつもオレに付き合ってくれるじゃん。一緒にラーメン食べたり、ゲーセン行ってお菓子取ったり、アイス食べたり。今日はお弁当もくれたしー」
「そんなこと……」
 わかりきっていることだったが、誰にでもできるようなことを並べられ、ショックを受ける。皇祐は顔を俯かせた。
「オレは、これからもコウちゃんと友だちでいたい。一緒にいたいもん。いいでしょ?」
 皇祐じゃなくてもいいのではないか。懐かれる理由が、いまいち納得できなかった。だが、ここまで断言されたら頷くしかない。
「わかった……」
「やったー」
 両手を上げて喜びを表したと思ったら、急にぎゅっと抱きしめられた。敦貴の広くて厚い胸板に顔を押し付けるような格好になって、思うように息ができない。腕の中でしばらくもがいた後、やっと顔を上げることができた。
「苦しい、敦貴……」
「コウちゃん、オレ、ファミレスしゃぼん玉のパフェ半額券持ってるの」
 また急に話題が移った。しかも、敦貴の大好きな食べ物のことだ。今の話は、もういいのだろうか。若干呆れそうになったが、相槌を打つ。
「それは、すごいね」
「うん、半額って魅力的だよね。だけど、これ見て、今日の午後三時までなの。これから行けば間に合うけど」
 ひらひらと半額券を二枚、皇祐の前に見せつけた。
「え? 授業はどうするんだよ」
「それなんだけどー、もう授業始まっちゃってるしさ、このままサボっちゃおうよ」
「はぁ?」
「ねえ、ダメー? 今月ピンチだから、半額でパフェ食べたいのー」
 期待するような、キラキラとした純粋な眼差しをこちらに向けてきた。
「敦貴……」
 この時、皇祐は気づいたのだ。彼に頼まれると、自分は断れないということに。敦貴もそのことをわかっていて、わざとやっているのではないかと思えてくる。
 だけど、例えそうだとしても、皇祐は腹が立たなかった。
 敦貴が喜んでくれるのなら、それだけで良かったのだ。





 授業をさぼって、パフェを食べに行った皇祐と敦貴は、翌日、担任に呼び出しを食らったのは言うまでもない。
 敦貴はよくあることなのか、叱られても平然としていたが、皇祐にとっては初めての体験で、こっぴどく怒られて、かなり堪えたのだ。
 それでも、敦貴が一緒だったから、嫌な気持ちも半分で済んだような気がしていた。
 友だちなんていらない。支え合って生きていくなんて嘘っぱちで、人は一人で生きていくものだ。今までは、そう納得していた。
 だけど今は、誰かと一緒にいるのも悪くないと思い始めている。心が温かい気持ちで満たされていた。
 敦貴となら、これからもずっと友だちでいられる――。
 皇祐は、そう信じて疑わなかった。




END

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