同人誌 より一部掲載

好き、はじめての気持ち <試し読み4>

 待ち合わせ場所には、敦貴の方が先に着いた。適当にメニューを注文して、彼が来るのを待つ。
 話したいこと、聞きたいことがたくさんあった。そのことを考えているだけで、自然と笑みが零れる。嬉しすぎて危うく笑い声が出そうになり、慌てて口を押さえた。
 皇祐と会える日を心待ちにしていたのだ。浮かれない方がおかしいだろう。
 ふうっと息を吐き、心を落ち着かせていれば、懐かしい声が耳に響いた。
「待ったか、敦貴」
「コウちゃん」
 振り返って皇祐の顔を見た敦貴の第一声は、「赤い……」だった。
 彼は、敦貴の言葉に納得がいかないようで、不満げな表情をして、目の前の席に座った。
「何が、赤いんだ?」
 それは、あたりまえの反応だろう。久しぶりに会った友人のセリフが意味不明なのだから。普通ならここは、再会をもっと喜ぶところだ。
「髪だよ、コウちゃんの髪が赤い……」
「赤じゃないよ、ブラウンだ。少し、明るくしすぎたかな」
「高校の頃は、真っ黒だったのにー」
 髪の長さは昔と同じくらいだが、髪の色は変わっていて、雰囲気も少し大人っぽく感じた。それでも童顔のせいか、まだ十代だと言っても通じそうだ。
「あれから四年も経つんだから変わるだろ。おかしいか?」
 皇祐は自分の髪に触れながら、少し気にしているようだった。
「ううん、それも似合ってるよ」
「敦貴は変わらないな。髪は少し長いけど」
「うん、変わらないって、よく言われるー」
 ウェイトレスが、敦貴の注文したいちごミルクを持ってきてくれる。その際に皇祐は、ブラックコーヒーを注文していた。二人の飲み物の好みは、対照的だ。
 喉が渇いていた敦貴は、いちごミルクをストローで勢いよく飲んだ。その様子を皇祐が、観察するように黙って見ていた。
「そうだ、今日、同窓会だったんだよ」
「らしいな。柿田に誘われてたけど、仕事だったから」
「そっかー」
 話を続けられなくて、誤魔化すように再びストローに口をつける。
 敦貴は迷っていた。仕事について聞いていいものかどうか。事実を確かめたかったが、皇祐が知られたくないと思っているのなら、うやむやのままでもいいような気もする。彼が何をしていようとも、皇祐に会えるだけで嬉しいのだから。
 思い出を話す二人だけの同窓会をした方が、きっと楽しいはずだ。
 だけど、話を振ってきたのは皇祐の方だった。
「聞いたんだろ? 僕の仕事のこと」
 飲んでいたいちごミルクが気管に入りそうになり、げほげほと咽てしまう。
「敦貴、慌てて飲むな」
 慌てるのも無理はない。予想していなかった展開だからだ。でも、本人の皇祐がきっかけをつくってくれたのだ。これを無駄にするのは申し訳ない気がした。咳が落ち着いたところで、思いきって話を切り出す。
「柿田が、コウちゃんはホストしてるって……客に酒作ったりしてたって言ってたよ」
「ああ、それか。本当は、違うんだけどね」
 皇祐は困ったように笑った。
「やっぱり違うんだ。柿田って、昔から適当なことばっかり言うよねー」
 彼から違うという言葉が聞けて、敦貴は安堵していた。
「ごめん、はっきり違うとも言えないかな。僕が働いている姉妹店にホストクラブがあって、たまに借り出されるんだ。その店に柿田は、男女五、六人くらいで来てて、ちょうど僕もそこに居たってことだよ」
 自分のことをあまり話さない彼が、自ら進んで喋っている。そんな姿は、見たことがなかった。
 敦貴の知らない皇祐がいる。彼のことをもっと知りたい。より多くの皇祐の姿を見たい。
 そう強く思った敦貴は、一言、一言を聞き逃さないように耳を傾けようと思った。
「コウちゃんが働いているところって?」
 ホストクラブが姉妹店だから、居酒屋のような店を思い浮かべていた。皇祐が居酒屋で働くのは想像がつかないけれど、ホストよりはしっくりくる。敦貴の記憶には、学生時代の皇祐しかいないから、働いているところを見てみたいと思った。
 だけど、彼の口から聞かされたことは、敦貴が思い描いていたものとは遠く離れたものだった。
「売り専、僕は身体を売る仕事をしている」
 涼しい顔で平然と話すから、皇祐が衝撃的なことを言っていることに、気づくのが遅れる。
「うり? からだ?」
 わかりやすい言葉で、皇祐が言い直す。
「風俗だよ」
 口元を少し上げて笑みを作る皇祐は、堂々していた。聞かされた敦貴の方が戸惑ってしまう。
 風俗には、実際に行ったことがなかったから、詳しいことはわからなかった。だから、皇祐の仕事に対して何て言えばいいのか考え込んでしまう。 
「軽蔑した?」
 敦貴が黙っていたから、そう思ったのだろう。違うと訴えるように、勢いよく首を横に振った。
 皇祐には、その仕事を選ばないといけない事情があったはずだ。理由がないのに、そんなことをするとは思えなかった。
 先ほど柿田が、彼の親の会社が倒産したなどと、言っていたことをぼんやりと思い出す。
 そのことを聞いていいものなのか、敦貴は頭を悩ませた。気の利いたことが言えないのだ。こんな時、頭の回転が速い皇祐なら、フォローするような言葉が簡単に出てくるのだろう。
 ウェイトレスが、注文したコーヒーを持ってくる。皇祐は、カップに静かに口をつけた。
 沈黙が続き、気まずい雰囲気になった。昔なら、お互い喋らなくても気にしなかったが、今は違う。敦貴は、何か話さないとダメだと思った。この状況で一番辛いのは、皇祐だということを感じていたからだ。
「ねえ、相手は女の人なの?」
 素直に疑問に思うことをたずねてみることにした。
 男性が風俗に通うというのは聞いたことがある。その時の相手はもちろん女性だ。だけど皇祐の場合は、立場が逆になり、女性が風俗に通うということになるのか。そんな女性たちがいることを敦貴は知らなかったから、少しだけ整理がつかなくなっていた。
 すると皇祐は、そんなことを聞かれると思っていなかったからなのか、少し驚いたような顔をして、その後すぐ可笑しそうにくすっと笑った。
「相手は男だよ。敦貴には言ってなかったけど、僕はそっちの人間なんだ」
「そっち?」
「男が好き。ゲイだ」
「そうなの?」
 仕事のことだけじゃなく、同性愛者だという彼の告白が続き、鼓動が速くなっていくのがわかった。思わず、落ち着かせるように、胸を手で押さえた。
 だけど、皇祐が同性愛者だろうと、どんな仕事をしていようとも、今までとの関係は変わらない。皇祐は皇祐なのだから。
 敦貴は自分の中で一人納得し、うんうんと頷くのだった。
 そして、思いつくままに言葉にしていた。
「オレもそれ体験したーい」
 相手が男ということは、男性が皇祐を買っているということ。それなら自分でもできると、内容をよく理解しないまま判断していたのだ。
「敦貴は、友人を買うのか?」
「うーん、買うっていうか、コウちゃんがどんなことしているのか気になるっていうかー。お金払ったら、それ体験できるんでしょ?」
 ストローで音を立てながら、大きなグラスのいちごミルクを飲み干した。気づけば、皇祐が少し険しい表情をしている。
「本気で言ってるのか?」
 皇祐のことを知りたいという思いだけで、敦貴の中はいっぱいになっていた。だけど、そのせいで彼を怒らせてしまったようだった。
 皇祐が怒った時は、大きな声を出したり、暴力をふるったりするタイプではないが、無言で鋭い視線を向けてくるから圧倒されてしまう。
 何がいけなかったのか、敦貴は、実のところよくわかっていなくて、とにかく謝っておけば事が治まると思った。
「コウちゃん、ごめん……」
「いいよ。じゃあ、この近くにホテルがあるから、そこでいいか?」
「え?」
 敦貴は諦めていたのに、皇祐の方は実行するということで話を進めていた。急な展開に慌ててしまう。
「ホテルは嫌なのか?」
「んーと、オレ、あんまりお金ないけど間に合うかな」
 サイフを取り出し、中身を確認した。
「敦貴だから安くするよ。それに、本当は店を通さないといけない決まりだから、これは秘密だよ」
 最後の方は小声になり、口元に人差し指を立てた。
 皇祐が規則を守らないなんて、昔ならありえなかった。人は変わっていくものなのだと、敦貴は彼を見て思った。
 だけど言いかえれば、そこまでして敦貴の望みを叶えようとしてくれている。今更、やめると言えるわけもなかった。それに、皇祐の仕事が気になっているのは確かだった。
「コウちゃんとオレだけの秘密、誰にも言わなーい」
「じゃあ、行こうか」
 皇祐が席を立ちあがろうとしたので、敦貴は焦った。
「待って!」
「どうした? やっぱりやめる?」
「そうじゃなくて、オレ、ハンバーグ&オムライスプレート注文してるんだ。それ食べてからでもいい?」
 緊張感のない敦貴のセリフに、皇祐はがっかりしたような表情をして言う。
「もう一時になるのに、それを食べるのか? 同窓会で食べてきたんだろ?」
「食べたんだけど、お腹空いちゃって。来たらすぐ食べるから待ってて。ごめーん」
 両手を合わせて頭を下げる敦貴に、皇祐は一つため息をつき、苦笑する。
「敦貴は、ホント変わってないな」




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