金色の風 瑠璃の星 * 番外編 *

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君と笑う明るい未来のために -03-

「今日も変わらず、か……」
 険しい表情をしたクリスが深い溜め息を吐いて、今日の診察を終えた。
 レナードに、何度も同じ報告をするのが嫌なようだ。
 怪我の方は順調に回復に向かっているという。包帯もほとんど取れて見栄えも良かった。それなのに、意識だけが戻らないのだ。
「何かあったら連絡してくれ」
「うん……」
 男の状態が変わらないからか、クリスがここに来る回数は減っていた。
 玉樹は不安だった。
 せっかく男の名前を知ることができたのに、意識が戻らなければ、これ以上彼のことを知る術がない。
 それどころか、このまま寝たきりということも考えられた。そうなれば、レナードは最終手段を選ぶだろう。
 恐ろしさのあまり目を瞑って首を振る。
 そんなことはさせたくない。ここまで回復したのだから、助かって欲しかった。
 最近はずっと、声を掛けながら身体を拭くことを日課にしていた。
 何らかの刺激を繰り返すことで、効果が見られることもあるからと、クリスにも言われていたのだ。
「レイヤ、怪我は治ってきてるって言ってたよ。良かったね。クリスの見た目は胡散臭いけど、信用できる人だから大丈夫だよ」
 特に一番反応しやすいように、名前を呼ぶようにしていた。玉樹にとっても、名前を呼ぶことで親しみが湧いた。
 以前は、時間がある時に様子を見るという感じだったが、今では男がいつ目覚めてもいいように、この部屋で過ごす時間が多くなった。
 勉強をするのも、食事をするのも、わざわざ彼の傍で行っていた。
「今日は、自分で目玉焼きを焼いてみたんだけど、焦げちゃったんだよね。レイヤは目玉焼き作れる?」
 常に話題を見つけては、彼に話し掛けていた。
 そのおかげか、ある時には、応えるかのように苦しそうな呻き声をあげるようになった。指も微かに動いたようにも見えた。
「聞こえるの? どこか痛い?」
 軽く男の身体を揺すって声を掛けてみるが、それ以降は、いつもと同じく静かに眠るだけなのだ。
 容態が悪化しているのではないかと心配になった玉樹は、夜自分が寝る時も、毛布を持ってきて彼と一緒にいるようにした。
 どんな些細な変化も見過ごさないように、充分気を遣っていた。
「レイヤも一人で寝るのは寂しい? 僕はいつも一人なんだ……」
 寂しさを紛らわすかのように、眠っている彼に話しかける。
 夜の暗闇は、世界に自分だけしかいないような錯覚に陥ることがよくあった。だから、隣に人がいるというだけで、玉樹の心は安らいだ。
 しばらく自分のことを話していると、男がこの間と同じように苦しそうな声を上げ始めた。
 慌てて起き上がって傍に寄った。傷が痛むのか、嫌な夢を見ているのか、男の額には汗までもが浮き出ている。
 玉樹は一緒になって胸が苦しくなった。
「レイヤ、大丈夫? しっかりして」
 彼の片方の手を取り、両手でしっかりと握り締めた。
 お願い、誰か彼を助けて。目覚めさせて。
 強く、強く、心から願った。
「……る……」
 その時、男の唇が微かに動いたのを確認した。
「何? 何て言ったの?」
 玉樹は彼に顔を近づけ、耳を澄ます。
「……かお……る……」
 その言葉を認識した玉樹は、ドキリと心臓が音を立てた。
 ――カオル。それは、人の名前。そう、彼の持ち物であるペンダントに記されていた文字と同じ。
 うわごとでその名を口にするということは、余程大切な人に違いない。やはり、彼の恋人なのか。
 しばらくすると男は、苦しみから解放されたように穏やかな表情になり、また静かに息をして眠るだけの状態に戻ってしまった。
 でも玉樹の鼓動は、激しく音を立てていて、すごくうるさいと感じていた。
 なぜ自分がこんな状態になっているのかわからない。
 少し嫉妬心にも似た感情を覚えながらも、今の彼の傍には自分しかいないんだと言い聞かせる。
 ただの聞き違いで、もしかしたら名前ではない言葉を言ったのかもしれない。
 だが、頭の中では、カオルという名前が木魂していた。
 もう何もかも忘れよう。
 毛布を頭から被り、玉樹は目を瞑って必死で眠る努力をしていた。





 翌日、更に驚くことに遭遇する。
 その日も玉樹は、洗面器いっぱいに温めの湯を入れ、レイヤが寝ている部屋に入っていった。
 すると、ベッドの上で寝ているはずの男が、頭を抱えながら身体を起こしていたのだ。
 驚きもあったが、あまりの嬉しさに、勢いよく声をかけた。
「意識が戻ったんだね」
 それは安易すぎる行動だった。
 ずっと傍にいて見守っていたせいか、彼との距離感を見失っていたのだろう。
 傍に寄ろうとしたら、男は突然声をかけられたことに驚いたのか、鋭い目つきで玉樹の方を振り返った。
 異様な雰囲気を感じ、思わず絶句する。
 勝手に親近感を抱いていたが、男の方は玉樹のことを知るわけがないのだ。
 咄嗟に、父が言った『危害を与えるかもしれない』という言葉が頭を過ぎった。
 しかし、そう思った時には既に遅く、男はベッドから降りて、傍にあった銃を素早く手に持ったのだ。そして、じりじりと玉樹に近づき、銃口を向けてきた。
 あまりの恐怖に洗面器を投げ出した玉樹は、床に湯を撒き散らし、腰を抜かしてその場に座り込んだ。
 助けてという言葉も、悲鳴という声すらも出すことができない。身体は震え、怖くて泣きそうになった。
 動かない自分の身体にもうダメだと感じた次の瞬間、その男は銃を下ろし、突然苦しみ出す。そして膝をつき、苦しそうに倒れ込んだ。
 その姿を見たと同時に、緊張の糸が切れたように身体が動き、咄嗟に支えようと手を伸ばした。
「だ、大丈夫?」
 だが、彼を受けとめるどころか、一緒になって崩れ落ちてしまう。男は、そのまま意識を失ったようで、全体重が玉樹に圧しかかってきたのだ。
「びっくりした……」
 玉樹は寿命が縮まった思いでいっぱいだった。
 男の身体を起こし、引っ張るようにして何とかベッドに寝かす。苦しそうな表情をしているように見えるが、静かに呼吸をして眠っていた。
 自分の身を守るための銃で、危うく殺されそうになるとは想像もつかなかっただろう。
 床に投げ出された銃を拾い、今度は誰にも見つからないよう厳重に隠すことにした。





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