触れてしまえば、もう二度と * 番外編 *

モドル

遠野先生のドキドキ課外授業

 その日、矢神やがみは身体が重くて目が覚めた。
 カーテンの隙間から差し込む日差しが、朝だということを告げている。
 何だかあまり寝た気がしなかった。
 元から熟睡できるタイプではなかったが、この日は特にそう感じた。
 ――今、何時だろう。
 確認する為に身体を動かそうとした時、腰の辺りに違和感を覚えた。何かが乗っているような感覚だ。
 先ほど身体が重いと感じたのは、気のせいではなかったようだ。
 ――疲れてるのかな。もう若くないもんな。
 そんなことを考えながら身体を反転させた矢神は、驚いて声を上げる。
「うわっ!」
 矢神の眠るその横には、いるはずのない遠野大稀とおのだいきが寝ていたからだ。
 まるで自分のベッドかの如く、気持ち良さそうな表情をして眠っている。
 こんな間近で見たことがなかったせいか、目を奪われた。
 肌は透きとおるように艶やかで睫毛も長く、その寝顔はとても美しいと感じた。
 だが、それは一瞬のことだ。
 矢神の腰に乗っていたのは遠野の腕で、ぬいぐるみを抱くように置かれている。引き離そうと思っても、なかなか離れてくれない。
「何で、オレの家にいるんだよ……」
 騒いでいる矢神の声で起きてしまったのか、遠野の身体が動く。そして、ゆっくりと目を開けた。
 矢神の姿を確認した遠野は、爽やかな笑顔で言う。
「あ、おはようございます、矢神さん」
「おはようじゃねえ!」
 矢神が遠野の頭を思いっきり叩くと、頭を擦りながらなぜか嬉しそうに笑う。
「朝から痛いですよ」
「当たり前だ! この状況で叩かれない方がおかしいわ!」
「この状況?」
 遠野は、ベッドに男二人が一緒に寝ているということは全く気にしていないらしく、何のことかわからないというように不思議そうに首を傾げた。遠野の腕は、矢神の腰に置かれたままである。
「何でお前がここにいるかってことだよ!」
「何言ってるんですか。オレの家に来いって言ってくれたのは矢神さんですよ」
「は?」
「覚えてないんですか?」
 そう言われて一瞬黙ってしまう。
 前にも同じようなことがあった。また酔って記憶がないのだろうか。
 あの時は目覚めても一人だったが、今は隣に遠野がいる。
 だが、あの一件以来、矢神はお酒を飲まないようにしていた。
「オレは酔ってない!」
「そんなのわかってます」
 遠野は嘘を吐くような男ではなかった。もしかしたら、本当に家に来いと言ったのかもしれない。
 家に招き入れたまではいい。なぜ、一緒に寝ているかというところが大事だ。
 そんなことを自分が了承するとは思えなかった。だとすれば、遠野が無断で矢神のベッドに入ってきたことになる。
 遠野ならあり得ると思えてしまうのが怖かった。
 問題を解くようにいろいろ考えていると、おもむろに遠野が身体を動かした。
「どうしてそんな難しい顔してるんですか?」
 矢神の細い腰を抱き寄せ、身体を密着させてきた。
「バカ! 何やってんだ」
「オレ、矢神さんに触れたいです……」
 遠野は急に真剣な表情になり、甘い声を出した。
「ちょ、待て……」
 どうにかして身体を引き離そうとしたが、非力の矢神では敵うわけがなかった。
 そうしているうちに、腰にあった遠野の手がパジャマの中に入ってきて、腰から背中へと撫でまわすようにゆっくりと肌に触れていく。
 くすぐったい感覚に身を縮ませれば、もう片方の手はパジャマのボタンを外していた。
「脱がすなっ!」
 抵抗を試みるが、前を肌蹴させられてしまい、無駄に終わる。
「矢神さん、キスしていいですか?」
「……え?」
「唇じゃなくていいです。身体に……」
 矢神が返事をする前に、遠野は頭を動かした。その拍子に、遠野の長い金髪が矢神の頬にさらさらと流れ落ちる。
 ふと、きれいだなと感じていれば、鎖骨に柔らかいものが触れた。遠野の唇だ。
 優しくなぞる様に唇で触れてくる中、時折、吐息が掛かった。そして、今度は、舌をじっとりと這わせてくる。
「ん、んっ……」
 思わず声が漏れてしまい、身体が熱くなったのを感じた。恥ずかしくて泣きたくなる。
 いつまでこんな状況が続くのか、黙ってさせていることにいい加減腹が立ってきた。
 遠野には、はっきり言ってやらないとわからないのだ。甘い顔を見せていては、ますます図に乗る。
 そう思い立った矢神は、遠野の頭を無理やり自分から引き離した。
 しかし、今度は更なる衝撃に身体を震わせる。
「どこ触ってんだ!」
「矢神さん、硬くなってます」
「違う、これは朝立ちだ……」
「嘘ですよ。オレのせいでこんなになったんじゃないですか?」
 そう言って遠野は、パジャマの上から矢神の下半身に触れてくる。
「こ、擦るな……」
 遠野の身体を押し返そうとするが、快感に震える身体では全く力が入らない。
「すごい……どんどん硬くなっていきますよ」
 遠野は、布の上から形をかたどるように、掌で何度も股間に触れてきた。
 久しぶりの刺激だった。中心に熱が溜まるのを感じる。
 男に触れられて気持ちよくなるはずがない。
 そう思っていても、自分の思いとは裏腹に身体が反応してしまう。
「矢神さん、気持ちいいですか?」
 襲ってくる快感を誤魔化すように首を振った。
 否定の言葉を口にすれば、呼吸が乱れていることに気づかれてしまうと思ったのだ。
 そんなことを遠野に知られたくはなかった。
 ポジティブ思考の遠野のことだ。勘違いされてもおかしくはない。
 矢神は何とか身体を動かし、遠野の腕を掴んだ。
 遠野から逃げ出すことは無理かもしれないが、行為を止めさせることはできる。
 すると、下半身から遠野の手が離れた。
 ほっと安心していれば、次はその手が下着の中に差し込まれ、直接触れてきたのだ。
「やめっ……」
 矢神の抵抗も空しく、更に激しく行為は続けられた。
 硬くなったそれに指が絡みつき、根元から先端まで扱いてくる。
 快感から逃れようと必死でもがいても、我を忘れて自分を見失いそうになった。
 遠野の手が巧みに動く度、激しい快感に襲われ、快楽に呑みこまれていくのだ。
 矢神のものは既に硬く勃ち上がっている。呼吸は荒くなり、頬も熱い。
 顔を見られたくない矢神は、遠野の肩口に額をつけて隠していた。
 遠野が矢神の下半身をじわりじわりと扱きながら、耳元で囁く。
「矢神さん、顔をあげてください」
 急かすように動きを速めたり、焦らすように裏筋をなぞったり、強弱をつける動きにどうにかなってしまいそうだった。
 嫌なはずなのに、抵抗したくても身体が言うことを聞かない。
 心のどこかで、このまま身を任せてもいいのではないかという気持ちが生まれつつあった。
 そんな矢神に、遠野は再びお願いをしてくる。
「顔が見たいです」
「い、やだ……」
 呼吸を乱していた矢神は、何とか言葉にして顔を伏せたまま答えた。
 不覚にも感じてしまう自分を認めたくなかった。
 だからこそ、その姿を後輩である遠野には絶対見せたくないのだ。
 だが遠野は、矢神の気持ちに気づいていないのか、優しく扱きながら、先端を軽く爪で引っ掻いてきた。
「うあっ……」
 身体を跳ねさせた矢神は、声と一緒に顔を上げた。
「やっと見ることができました」
 矢神の顔を確認した遠野は、嬉しそうに笑った。
「……おまえ……」
 矢神が文句を言う前に、遠野の手は容赦なく動き出す。
 今度は指の腹で先端を擦ってきた。
「あぁ……」
 声を抑えることはできず、口から漏れてしまった。
 その声に反応して遠野が探りを入れてくる。
「ここ? ここが気持ちいいですか? 矢神さん」
 そう言いながら、先端を指の腹で強く押すように弄ってきた。
 矢神は身悶えながら、必死で声が出ないように唇を強く噛む。何度も責められ、勃ち上がっている先端からは液が漏れ出していた。
「矢神さんの先、こんなに濡れてます」
 触りながら、いちいち実況する遠野に眩暈がした。
 ――もうどうにでもしてくれ。
 自棄になりそうになった頃、突然遠野は触れるのを止め、矢神から身体を離した。
 刺激がなくなり、一瞬、名残惜しいという気持ちになってしまう。
 でも、それはほんの束の間の話だった。
「矢神さん、オレ、我慢できなくなってきました」
 遠野は、矢神を仰向けに寝かせ、その上に跨いだ。そして、真剣な表情をして見据えてくる。
「え、な、なに?」
「男同士が愛し合うには、どうすればいいか知ってますか?」
 多少なりとも知識はあったが、今は知っていると答えてはいけないような気がした。
 ひたすら黙っていれば、遠野が優しく微笑んだ。
「オレがこの先のことも教えてあげますね」
「いや、遠慮しておく……」
 矢神は、身体を起こして逃げようとした。だが、強い力で両肩を掴まれ、ベッドに押さえ込まれる。 
「矢神さんは照れ屋さんですね」
 そう言って遠野は、矢神の下のパジャマを下げたのだ。
「なっ……!」
 この男に何を言っても通じない。
 そう感じた矢神は、恐怖に慄き、焦って言った。
「あ、愛し合うって、オレの気持ちは関係ないのか!?」
「矢神さんの気持ち?」
「そう……」
「言わなくてもわかってますよ」
 満面の笑みを浮かべた後、遠野の身体が矢神の上に圧し掛かってくる。
「矢神さんのことが、ずっと好きでした……」
「だから、オレの気持ちはどうなんだよ!」
 矢神の声は、遠野には全く届いていないようだった。
 暴れて抵抗しても、力では全く敵わない。このままでは、先ほどと同じく遠野の思い通りになるだけだ。
 矢神は、どうにかして隙を見つけようとした。
「わかった。遠野に教わるから、一端身体を離してくれ」
 優しく言えば、遠野は素直に矢神の言うとおりにする。
 だが、遠野は行為を止めたわけではなかった。
 離すといっても、少しだけ身体を浮かせただけだった。
「最初は苦しいかもしれませんが、なるべく痛くないようにしますから。オレの言うとおりにしていれば大丈夫です」
 そう説明しながら、矢神の太ももを擦り、うっとりと微笑む。そして下着に手を掛けてきた。
「もう覚悟はできましたか?」
「遠野……やめろ……」
「すぐ気持ちよくなりますよ」
「やめろっつってんだよ!」
 怒鳴った矢神は、上に乗っている遠野を力いっぱい蹴飛ばし、身体を起こした。
 落ち着かせるように、乱れていた呼吸を整える。
 すると、ベッドの上で飼っている猫が寝ていたらしく、驚いたように鳴き声を上げて飛び降りたのを確認した。
「……あれ?」
 ぼんやりする頭で辺りを見渡していれば、目覚まし時計が鳴った。
 毎朝、目覚まし時計が鳴る前に矢神は目が覚めるのだ。 この日もいつも通りである。
 目覚まし時計を止めて、深い溜め息を吐きながら額に手を当てて俯いた。
 飼い主を見つめる猫はいるが、遠野の姿はどこにもないのだ。
「オレは、なんつう夢を見てんだ……」
 やっと状況を把握した矢神は、脱力してしまう。
 しばらく落ち込んだ後、首を振って顔を上げれば、机の上のパソコンの電源がついたままだった。
 それを見て、昨夜のことを思い出す。
 矢神は、男同士の恋愛について調べていたのである。
「これも全てあいつのせいだ……」
 ――矢神さんのことが、ずっと好きでした。
 遠野が告白してきたことで、矢神は混乱していた。
 誰にも相談することができず、ネットに頼るしかなかったのだ。
 だが、いつの間にか男同士の恋愛から、男同士の愛し方というところに辿り着く。
 そこにはあらゆる体験談が載っていた。それらを読んでいるうちに、余計整理がつかなくなってしまった。
 答えの出ないまま、仕方がなく眠った矢神は、その影響でこんな夢を見たのだろう。
「会いにくいな……どんな顔すればいいんだ」
 ただでさえ気まずいというのに、夢のせいでそれはますます深くなった。
「オレのどこがいいんだが……まあ、軽く流しておけばいいか」
 猫を抱き上げて部屋を出た矢神は、出勤の準備をするのだった。
 珍しく深く考えていないのは、相手が陽気な遠野だからということが大きかった。
 一種の気の迷いで、すぐに飽きるだろうと思っていたのだ。
 しかし、そんな遠野に振り回されることになろうとは、この時の矢神はまだ知らない。





END


2010.10.31発行同人誌再録
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